ラグビーリパブリック

医師。キャプテン。ラグビーマン。川原尚行さん、新宿で語る。

2015.06.16

kawahara

スーダンから持参したレンガを片手に「オーッ」。(撮影/松本かおり)

 スーダンから持って来たレンガを右手に持って話した。
「ただ土を焼いて作った、なんてことのないレンガです。でも、これを一つひとつ積み上げれば病院にもなる。みんなの力を合わせていけば、そんなこともできると思っています。周囲に緑のある場所に病院を建てられれば。そんな夢があります」
 アフリカで暮らす医師が、新宿の真ん中で夢を語った。講演会の最後には、レンガを持つ手を突き上げ、舞台の中央で叫んだ。
「みんなで大声を出しましょう。せーのー。頑張るぞ、オーッ」
 6月15日、新宿にある紀伊國屋サザンシアターで、情熱家であり医師で、ラグビーマンの川原尚行さんの講演会が催された。これは、同氏が『行くぞ! ロシナンテス』(山川出版社)を上梓した記念におこなわれたもの。テーマは『「イスラムの国スーダンで「医」を想う。病院建設への長き道程』。川原さんがやってきたこと、これからやりたいこと、スーダンの現状が伝えられた。

 川原さんは認定NPO法人/国際NGOロシナンテス(以下ロシナンテス)の理事長を務めている。
 長く続いた内戦の影響もあり、国民の多くが貧困に苦しむスーダン。多くの困難を抱える同国で、特に深刻な医療問題を解決するため、医療活動、学校・教育事業、水・衛生事業、スポーツ事業に取り組んでいるのがロシナンテスだ。無医村に診療所を立ち上げるだけでなく、現地のスタッフたちで自立していけるようにサポートもする。今回の講演会でも、「そこにいる人たちと一緒になって作り込んでいくことが大切」と言葉に力を込めた。

 東日本大震災後は、東北に根を張って活動も続けている。お年寄りとともに農作業をおこない、その活動を通して健康を維持する『健康農業』や、被災地の子どもたちの学習をサポートする復興事業も。震災直後に被災地へ向かい、悲しみにくれる人たちの診療にあたったときの話も紹介した。
「不安な方たちの体に手を当てると安心されるんですね。そのときに、『ああ、これこそ手当だな』と感じました」
 足を運び、触れ合い、感じ取って行動を起こす。多くの人が頭では分かっていても、なかなかできない。それを実践している人の力には迫力があった。

 小説「ドン・キホーテ」に出てくる痩せ馬、ロシナンテから名付けた集団の先頭に立っている。一人ひとりが痩せた馬のように無力かもしれないけれど、それでも集まれば、力をひとつにすれば何かができる。そんなスピリットで活動したら、いろんなことが実現した。自分の人生はそうだったと、講演会では様々なシーンを振り返りながら話した。

 小倉高校、九州大学医学部で学び、楕円球を追った若き頃。大学院卒業後に外務省に入った。タンザニアへの医務官(外務省)派遣に応募し、現地へ。在留邦人に医療活動を行う勤務の合間に地元の人たちと触れ合っていたら惹きつけられた。
 交流が始まる。現地の村を訪ねたとき、喉が渇いただろうと、彼らが普段飲んでいる濁った水を差し出された時のエピソードも話した。
「表情が曇ったら、こちらの動揺が伝わってしまいます。嫌な気持ちになるでしょう。だからグーッと飲み干してニコッと笑った。そうしたら、喉が渇いていたのか、もう一杯どうだ、と。そうやって仲良くなっていきました」
 付き合いが深くなると、自分たちの経験から得た知恵、築いてきた文化を大切に生きる彼らの生き方がうらやましくなった。
「人間の本当の豊かさってなんだろう、と。アフリカの人たちと触れ合って、考え、気づくこともたくさんありました」

 タンザニア滞在後、現地の風土病などへの対応をロンドンで1年学び、スーダン勤務となった。それが転機になった。
 内戦を理由にODA(途上国援助)も止められていた同国に暮らしているうちに、いてもたってもいられなくなった。間違ったこと(内戦)をやっているからとか、テロ支援国と見られているといって、まともな医療を受けられない人たちを放っておいていいはずがない。自分の中でもやもやが広がった。でも国と国の関係になれば思い通りに動けない。だから組織(外務省)を飛び出した。ひとりの医者に戻って何ができるかを考え、動き始めたのが2005年。それから走り続け、現在に至る。
 覚悟を決めて動き出したとき、思いを知った高校時代のラグビー部のメンバーたちが同志として活動してくれることになった。10代のキャプテンは、仲間たちの生涯のキャプテンに。また、かつての仲間だけでなく、活動を知って力を貸してくれる人々の輪はどんどん広がっている。そこに国境や垣根はない。それが嬉しい。

 地道な活動を積み重ね続けて10年。以前の川原さんは、ロシナンテスの活動のことをこう話し、多くの人に分かりやすく伝えていた。
「ハチドリのひとしずく。この話を知っていますか? 森が火事になりました。動物たちは逃げ出しました。そんなとき、一羽のはちどりが森に向かい、一滴ずつ水を運びました。動物たちは、そんなことして何になるんだと笑います。ハチドリは『私は、私にできることをしている』だけと答えました。僕にも、みなさんにも、それぞれできることがある」
 歳月が経ち、ハチドリは自分ひとりじゃなくなって、スーダンだけでなく、東北も森になった。川原さんの存在を知って、もっとハチドリが増え、あちこちの森も青々とすればいい。
 それがキャプテンの願いだ。

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