ラグビーリパブリック

変化の季節。それぞれの転機  直江光信(スポーツライター)

2015.04.23

 クリティカル・モーメント。日本語に訳せば勝負の分かれ目、物事の流れが変わる重大な局面といったところだろうか。外国人コーチの試合後の記者会見などで、しばしばその言葉を耳にする。

 スポーツの現場に携わる仕事をしていると、この「クリティカル・モーメント」によく遭遇する。あの瞬間が勝負を決めた。あの日からチームが一変した。おもしろいのは、必ずしもインパクトの大小が、分岐点になるかどうかを決めるわけではないという点だ。ちょっとした振る舞いやほんのわずかな一歩が、後々振り返ると大きなターニングポイントになった――というケースも少なくない。

 3月末から4月上旬にかけて熊谷ラグビー場で行われた全国高校選抜大会を取材する中でも、思わず「クリティカル・モーメント!」と声をあげたくなるようなシーンをたびたび目の当たりにした。新チーム発足から間もないこの時期だけに、チームも選手もふとしたことで心の風向きは変わりやすい。たったひとつのプレーで試合の様相が急転したり、短期間で見違えるような成長を遂げたり、そんな春シーズンならではの醍醐味を感じる場面が、何度もあった。

 優勝を果たした東海大仰星は、3月末の近畿大会前まで、実はほとんどノーマークに近い存在だった。多くの好選手を擁して毎年のように覇権争いにからむ同校だが、今年の3年生世代は中学時代に選抜チームで活躍したエリートや目を引くような大型選手が近隣のライバル校に集中し、入学時から戦力的には厳しい年と言われてきた。実際、昨年からのレギュラーはSO岸岡智樹ただひとり(しかも昨季はSHで出場)、始動当初は試合でも例年のような迫力あるプレーを披露するシーンが少なかった。湯浅大智監督自身、「大阪の新人戦を見た人なら、誰もこのチームが優勝するとは思わなかったでしょう」と語る。

 飛躍への扉を開く鍵となったのは、近畿大会準々決勝の御所実業戦だ。1か月前の練習試合ではトライ数1本ずつのドロー、日頃から交流が深く互いに手の内をよく知る好敵手に対し、ゲームを支配しきって41−8で完勝を収めた。「あれでチームが変わったんです。自分たちのやるべきこと、やってきたことは間違いじゃなかったんだ、と」(湯浅監督)。そもそも大阪では後発の東海大仰星には、創意と工夫で伝統校の壁を乗り越えてきた歴史がある。いわば原点回帰。しつこさとひたむきさと速さを武器とするチームは、御所戦の勝利を境に変貌を遂げ、勢いに乗ってとうとう春の頂点に上りつめた。攻守に体を張る意識とリロードの速さ、チームとしてのゲーム理解の深さは、選抜大会でも頭ひとつ抜けていた。

 身長171センチの闘将、FL真野泰地は、センバツ優勝後にハツラツとした笑顔で言った。
「他の代より力が落ちると言われてきた中で、自分たちがやれることを精一杯、ひたむきにやり続けてきました。それが結果につながることで、どんどん自信になっていった」

 その東海大仰星と予選プールの初戦で対戦した石巻工業は、10−77で敗れたものの意欲に満ちた戦いぶりで清々しい印象を残した。チャレンジ枠による出場で今回が初めての選抜大会。晴れ舞台を謳歌するように、スコアが開いても最後までファイティングポーズをとり続け、前半25分と後半25分の2度、相手インゴールを陥れた。ちなみに東海大仰星が2トライを許したのは、大会を通してこの試合だけ。「出させていただいたことで選手に自覚が生まれた。機会が与えられなければ、この舞台で戦うことはなかったわけですからね。こういう経験がチームを作る上でいかに大きいかということを痛感しています」。そう語る木田恒一監督の表情も、晴れやかだった。

 予選プール随一の好カードとなった桐蔭学園−天理戦は、19−19で迎えた後半ロスタイムに桐蔭学園が勝ち越しPGを決め、劇的な勝利を手にした。この白星によって桐蔭学園は決勝トーナメントに大きく前進。抜ければビッグゲインという最後の天理のアタックの場面で、サヨナラPGにつながる反則をさそったWTB塩田一成のビッグタックルこそは、今大会の桐蔭学園における最大のクリティカル・モーメントだった。「この試合にターゲットを絞ってきたので。これで先が見えました」(桐蔭学園・藤原秀之監督)。準々決勝で東海大仰星に10−32で敗れたものの、激戦のプールマッチを勝ち抜いてひとつ上のレベルの厳しい戦いを経験できたことは、この先きっと大きな意味を持つはずだ。

 昨季高校3冠を達成し、今大会でも優勝候補の一角と目されていた東福岡は、準々決勝で大阪桐蔭の渾身の防御の前に涙を飲んだ。前半6分の先制トライの直後に敵陣ゴール前まで攻め込みながら仕留めきれなかった場面をはじめ、いくつかあった勝負の要所でことごとく後手を踏んだことが、最終的に響いた。「ここを乗り切れば、という試合。今日勝てば大きいよ、と言っていたので…」。藤田雄一郎監督の表情にも痛恨の色が浮かんだ。もっとも、敗戦がチームを大きく変えることもある。「みんな、この悔しさを味わって強くなる。花園からノンストップで帳尻を合わせてきた部分もありますから。ここから、です」(藤田監督)。屈指の潜在力を誇る実力者が悔恨を糧に精進を重ねれば、他校にとっては驚異だろう。

 春。変化の季節。勝ったチームも負けたチームも、それぞれが大きく変わる貴重なきっかけを手にした。勝負の冬、花園まであと8か月。成長した彼らがどんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみだ。

【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。

(写真:全国高校選抜大会の天理戦でビッグタックルを決めた桐蔭学園のWTB塩田一成)
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