(撮影:見明亨徳)
ふなっしーに会ったことは。
「ないです」
向坊颯は少し残念がっていた。東日本中学校ラグビー大会で優勝した、國學院久我山中の3年生だ。
大手出版社の文藝春秋で働く父の健さんは、作家の阿川佐和子さんが書いた累計100万部超のベストセラー『聞く力 心をひらく35のヒント』の担当編集者だ。阿川さんと国民的人気キャラクターであるふなっしーとの対談番組の収録に父が出向いていたのを、息子は知っていた。
「会いたいんですけど、『仕事だ』と言われて…」
もっとも阿川さんとは、幼少期に面識がある。古くから健さんと親交があり、家に来たことがあった。下の名前を「リュウ」と読むWTBは、ばつの悪そうな顔で当時を振り返るのだった。
「あの時は僕が幼い頃だったので、阿川さんに『チビだなぁ』と…。いまさらながら、申し訳ないなと思っています」
23日、東京は秩父宮ラグビー場での決勝戦。昨季優勝校の桐蔭学園中を相手に、後半15分に一時勝ち越しとなるトライを決めた。敵陣中盤右中間でパスをもらうと、目の前の相手に一歩、一歩、近づきながら、一転、右斜め前へ弧を描くようなコースを走った。スワーブ。
大会期間中、しばし相手にまっすぐ突っ込んでは止められていた。だから当日の朝、父とこんな会話を交わした。
「内側へ行く振りして外側へ行くみたいな、そういう芸はないの」
「きょうは、スワーブで抜く」
最後尾をカバーに来る別のタックラーが、さほど自分の走路を塞ごうとしていないと感じた。そのまま右タッチライン際を駆けた。宣言どおりの形でインゴールへ。直後のゴール成功と相まってスコアを29−22とし、チームは36−29で接戦を制した。
参考にしたのは、早大3年で日本代表のWTB/FB藤田慶和のランだったという。
「スピードをつけて、そのまま外へ。藤田選手を観て、あんなプレーをしてみたいと思っていました」
小学1年生の頃にラグビーを始めた。早大ラグビー部ファンの父に連れられグラウンドへ足を運ぶなか、早大元副将で現NECのWTB首藤甲子郎が目にとまった。やや病弱だったという少年は、大男に抗う身長163センチのランナーに憧れた。父からの助言は決まってこうだ。
「タックル、フォロー、トライはちゃんと」
中学卒業後も、系列の國學院久我山高で楕円球を追い続ける。将来は医者を目指す。
「僕の家系に医者が多いというのもあるんですが、子どものころの僕を救ってくれたのがお医者さんだったので」
その意味では、同じ医者志望で現日本代表WTB福岡堅樹(筑波大3年)も「憧れの存在」だという。親の職業のおかげで多様な人と会えるが、「いろいろな経験を学べる。ただ、間違ったことをしている人もいるので、その辺は自分で判断します」と笑った。