はるかにボールタッチが増えた帝京大・大塚貴之。(撮影/大泉謙也)
試合に出たい部員はたくさんいる。努力するのも、チャンピオンシップの頂点を目指すチームの一員なら当たり前のことだ。
そんな中でまたチャンスをつかんだ。そして今度は結果も残した。帝京大学のWTB大塚貴之が、12月21日におこなわれた大学選手権のセカンドステージ、朝日大学戦(熊谷)に出場した。
背番号23がピッチに立ったのは前半36分だった。先発の飯山竜太に代わって左WTBに入った。12月6日におこなわれた、関東大学ジュニア選手権決勝、明治大学戦以来、2度目の公式戦出場。前回はプレー時間もボールを持つ機会も少なかったが、この日は積極的に動き、ボールタッチの回数も飛躍的に増えた。後半1分にはトライも決め、試合終盤はFBの位置に入った。
聴覚に障害を持ち、生まれたときから無音の世界に生きている大塚。引っ込み思案だった少年は、ラグビーと出会ってから積極的になれた。
大分雄城台高校ではキャプテンも務め、帝京大学に進学。王者の一員となり、時には悩みながらも、4年間を過ごして来た。そしてラストイヤーのクライマックス近くになって、真紅のジャージーに袖を通している。
「ジュニア選手権のときは初めての公式戦でしたのでとても緊張しましたが、きょうは、そのときよりは落ち着いてピッチに出られました」
大塚は、予定より「早いな」と感じた途中出場時のことをそう振り返った。
「赤いジャージーを着るときは全部員の代表です。気持ちが高まり過ぎて、最初のプレーではノックオンしてしまいましたが(笑)、トライのときは絶対に取り切るつもりで走りました」
両親や高校時代の恩師が大分から観戦に来ていたことは知っていた。しかし、「プレーに集中していたので、一切のことは何も気にならなかった」と話した。高校時代両親へ、「僕は耳が聞こえない。でも、ラグビーを反対しなくてありがとう」と感謝の気持ちを伝えたことがある。この日は言葉でなく、プレーで自身の成長を伝えた。母は涙を流してピッチを見つめていた。
ただ、4年生として、チームの一員として、満足はしていない。
「6連覇に貢献したい」
試合終盤にFBの位置に入り、それまで以上に周囲とコミュニケーションをとる姿。一つひとつのプレーに浮かんだ責任。大塚のプレーは確かに、このチームが求めるスタンダードそのものだった。
この日、完全なAチームではないメンバーで試合に臨んだ理由を、岩出雅之監督はこう話した。
「確かに大切な時期ですが、15人、23人だけで戦っている空気になるとチームに活気がなくなるので。私としては今週の練習は、年間でもトップ3といってもいいほど力が入るものでした。危なっかしいところもあるメンバー構成ですから(笑)」
大塚の起用についても、明確に話した。
「彼が努力していなかったら、まず起用していません。彼のやってきたこと、姿勢はみんなが知っている。試合に出たい気持ちは他の選手もあるでしょうが、大塚か出ることがみんなのエネルギーにかわると思ったので起用しました。彼は入学する際、同じ境遇の他の人たちに勇気を与える存在になりたいと言っていました。彼の姿を見て、ラグビー部の中の人間、外の人たちは、いろんなことを感じるのではないでしょうか」
この日多くの報道陣に囲まれた大塚は、自分にとっての仲間やラグビーについて、こう話した。
「大学に入って、最初から全員とコミュニケーションが取れて、理解し合えたわけではありません。時間をかけてわかり合えた。そうやって、(みんなは)自分にとっての宝物になりました。サッカーなど他のスポーツもやってきましたが、ラグビーには、それらにない特別なものがありました」
頂上決戦も含め、あと3試合。王者の結束はますます高まっている。