高校ラグビー界で指導者からもっとも慕われている監督と言って差支えない。
奈良県立御所実業高校の竹田寛行。1960年(昭和35年)生まれ54歳。チームを率いて26年目を迎える。
スキンヘッド、大きく厚みのある体に威圧感はあるが、大きな丸い瞳は澄み、時折目じりは下がる。
竹田は2年ぶり9回目出場となる第94回全国高校大会(12月27日、近鉄花園ラグビー場で開幕)で悲願の初優勝を狙っている。
3度目の正直だ。準優勝止まりだった過去2回、第88回(2008年度、15−24常翔啓光学園)、92回大会(2012年度、14−17常翔学園)を超えたい。
「今年はチームとしてランニングスキルがあり、駆け引きができる」
慎重な竹田が珍しく自信をのぞかせる。
Bシードながら、優勝候補の呼び声高いAシードの東福岡(福岡)と同等の力を有する。同じくAシードの東海大仰星の前監督で現東海大学テクニカル・アドバイザー、土井崇司は言う。
「何人かの選手は高校生レベルを突き抜けています。彼らは仰星より上。僕はヒガシ(東福岡)の対抗馬の筆頭だと思っています」
竹田より1歳上で20年来の友人が指を折った選手らは高校日本代表候補に名を連ねる。FL菅原貴人、SH吉川浩貴、SO矢沢蒼、FB竹山晃暉。4人とも1年時から全国大会登録メンバー25人に入る。そして3年の経験を積み国内トップレベルになる。10月にあった仰星と30分1本の練習試合ではトライ数4−2で勝利している。
その力は天理との戦いによって磨かれた。全国大会出場回数は歴代2位の61、優勝回数は同3位の6を持つ名門に、昨年の県予選決勝は12−15で敗れた。連続出場は5回でストップ。20年連続で決勝での顔合わせとなった今年は17−12で雪辱する。総合成績は9勝11敗。高校ラグビーを代表するチームに追い付きつつある。
「ウチが強いのは天理が素晴らしいから。全国に出るためには毎年それを超えんといかん」
昨年の負けの反省からディフェンスはワンアウトからシャロー中心に5年ぶりに変更。また、平日のグラウンド練習は公式戦に合わせて1時間限定にした。
「短いが歩く局面は作らない。すべて走る。短時間に集中します」
目を引くのは危機管理の徹底だ。わざとアタック側に中央をラインブレイクさせ、両タッチライン際からカバーに入る練習をさせる。高校ではまず見られない。土井も防御の強さを指摘する。
「リロード(地面に倒れてから起き、再びタックルに入る体勢を作ること)の速さは間違いなく日本で一番です」
強化だけではない。竹田のもう一つの特徴は面倒見のよさだ。
県南部にある学校には毎週末全国から高校が集まり、1日中試合が行われる。この12月には出場51校中、東京(東京第二)、春日丘(愛知)など15校が訪れる予定だ。訪れたチームに竹田は惜しげもなくノウハウを伝える。そのため結束は強い。「御所道場」、「御所一門」などと呼ばれている。
「内容を明かさんかったら成長せんでしょう。自分の手の内を教えるということはもっと勉強せんといかんようになる。それくらいの度量がないとチームは作れん。ラグビーはいっぱい失敗をして、それをみんながカバーするスポーツ。今までみんなに助けてもらった。その恩返しのつもりです。『謙虚さ』と『お蔭様で』が大事だと思います」
竹田は徳島県立脇町高校でラグビーを始めた。ポジションはNO8 。天理大学卒業後、奈良県の体育教員となり1989年(平成元年)に御所実(当時は御所工)に赴任した。ジャージーの黒は出身大学にあやかった。
翌年、2年生だった北島弘元が練習中の頸椎損傷が元で亡くなる。教員を辞めるつもりだった竹田に北島の両親は言葉をかける。
「息子のために監督を続けてもらえないか」
激しい悲嘆と悔恨、そして感謝。出来事は力の源になった。竹田の優しさは経験から生まれている。
今では自宅を寮に改造して76人の部員中、矢沢ら14人を預かっている。4人の息子たち、トヨタ自動車の三男・宜純、筑波大学3年の四男・祐将らの部屋は離れに移った。
炊事、洗濯、掃除は妻の光代が一人でこなす。光代は週末も炊き出しなどでグラウンドに赴く。竹田自身も毎朝4時30分に起きて、玉子を焼き、朝食を作る。
高校ラグビー界で著名な存在になっても保健体育の授業は他の教員とほぼ同じ週17時間を受け持つ。特権意識はない。
今大会は1月1日の3回戦で同じくBシードの慶應(神奈川)と対戦する可能性が高い。すでに黒黄(こっこう)のDVDは入手済み。分析は進んでいる。
「慶應は東で一番強い。どう戦うか」
悲しくつらい別れや周囲の援助を忘れることなく、竹田は強く願う全国制覇に向け正念場を迎える。
【筆者プロフィール】
鎮 勝也(しずめ・かつや) スポーツライター。1966年生まれ。大阪府吹田市出身。6歳から大阪ラグビースクールでラグビーを始める。大阪府立摂津高校、立命館大学を卒業。在阪スポーツ新聞2社で内勤、外勤記者をつとめ、フリーになる。プロ、アマ野球とラグビーを中心に取材。著書に「花園が燃えた日」(論創社)、「伝説の剛速球投手 君は山口高志を見たか」(講談社)がある。