ラグビーリパブリック

博多の福岡の話。  藤島 大(スポーツライター)

2014.12.04

 ピンボケ、逆光のひどい写真が添えられているはずだ。中学時代、技術家庭の授業でゲルマニウムラジオを組み立て、クラスでひとりだけ鳴らなかった本稿筆者の手先の不器用を許していただきたい。先日も知人の家で線香のため100円ライターを点けると指が焦げた。「向きが違う、向きが」。その「向き」の意味がワカラナイ。

 さて写りは絶望的でも、撮った対象は美しい。これ、数日前、たまたま福岡の博多区古門戸町の酒場に見つけた。額に収められた日本代表の福岡堅樹のサイン入り練習ジャージィである。そこまでは、まあ、ありうる話だ。30代の店主は、福岡高校ラグビー部のフランカー(間違いなくタックルの鬼の顔)で鳴らしたのだから。しかし、よく目を凝らすと、横に手紙が添えられている。匿名の人物からジャージィとともに福岡高校ラグビー部若手OBのまとめ役のところへ届いたそうだ。以下、かいつまんで内容を紹介する。

「ダレセンズ(福岡高校のOBチーム)のみなさまへ。(2013年)5月の日本代表の韓国戦を秩父宮で観戦した際、岩手の子供たちをウェールズ戦に招くためのオークションが行われており、福岡堅樹の練習用ジャージィも出品されていました。その決してきれいな字とはいえないが、何かに挑もうとする初心、すがすがしい気持ちの表れているサイン入りのジャージィを福岡から流出させてはいけない、との思いから入札を決め、●万円で落札できました。福岡高校ラグビー部創部100周年(2024年)ののち、福岡選手がダレセンズの主力として福岡へ戻った時、本人に渡してもらえるなら、これほどうれしいことはありません。2013年春 永遠のライバルより」

 送り先が適切であること、ダレセンズの存在を知っていることから内部事情に詳しい者による「善行」と推察された。最大のヒントは「永遠のライバル」にある。この土地のラグビーにおいて、福岡高校の好敵手とは西のほうの学校、すなわち福岡県立修猷館高校をさす。おそらく同校のOBの行為だろう。そこにおいて、第三者にはかくも麗しい出来事は、いったん、なんらかの策謀ではないか、と酒場の調査委員会にかけられる。東京に放った斥候から「●万円」がそれなりの高額との報告も届く。ある血気盛んな若手は「何らかの心理的揺さぶりでは」と疑心を抱く始末だった。有史以来、万事に張り合ってきたライバルとはそういうものなのか。アルコールをあおりながら約15分の検討の結果、本物の友情の証であるとの結論に達する。現在は心より感謝しており、保管場所に、英語なら「ファースト・オブ・オール」を意味する店名のここが選ばれた。

 厳密な博多とは限られた地域である。それなのに、今回の一件のように、そこを歩くたびにラグビーの匂い、気配は漂う。ふらり飛び込んだ一軒でも「あそこの大将はラグビー、あそこもラグビー、あそこの息子もラグビー」という調子だ。ここを本拠とする「ぎんなんリトルラガーズ」がどれだけの有名無名選手を育ててきたことか。そこでささやかに提案したい。あの勇壮にして端正な祭、「博多祇園山笠」で唄われる「博多祝いめでた」をラグビーソングに! まるでウェールズのスタジアムの歌声のようなのだ。


【筆者プロフィール】

藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。

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