試合終了後しばらくして、熊本西高校のSO中村龍太郎主将ら数人が、荒尾高校・徳井清明監督のもとへ駆け寄り、顔をくしゃくしゃにして言った
「先生、最後が荒尾でよかったあ」
悔しくて、誰にも会いたくない気持ちだろうに、キャプテンたちはつとめて明るく、勝者を称えた。あなたたちが相手だったから、出し切って戦えた。その報告だったのだろう。
徳井監督が「ありがとう」と答えると、「花園、行きたかったぁ」と言って頭を下げ、チームメートのもとへ走っていった。
11月23日、水前寺競技場。花園予選の熊本県大会決勝がおこなわれ、荒尾高校が熊本西高校に25−20で勝った。2年ぶり7度目の全国大会出場を決めた。
今季、新人戦、春の総体を制したのは熊本西だった。個々の能力は高く、大柄な選手も少なくない。小柄な荒尾に、いつも唇を噛ませてきた。しかし、今季ここまでの集大成を出し合う場で笑ったのは荒尾の方だ。前半の集中力で上回り、勝負に勝った。
試合開始のキックオフを蹴り込んだ荒尾は、好プレッシャーで敵陣にとどまる。そこから始まった一連の流れで相手ゴール前でPKのチャンスをつかむとスクラムを選択した。
このチャンスに、黄色いジャージーは見事な攻撃を見せた。広い左のスペースに「ハチキュー」を仕掛ける。最後はFB帆足海星がゴールラインを越えて先制した(6分)。
荒尾は前半、敵陣に入ると、ことごとく得点してから自陣に戻った。9分にカウンター攻撃から熊本西FB井手拓人にトライを返されるも、連続攻撃でオフサイドを誘発した15分にPGで加点すると、21分にはFB帆足がトライ。これはシンビンで14人になった直後で、相手に自陣に入り込まれ、いやな空気になりかけたとき。鋭いボールへの絡みで相手の反則を誘うと、PKで攻め入る。その後のラインアウトからの展開で攻め切った。
28分のトライも見事だった。ビッグタックルで相手の攻撃を止め、勢いをつかむとまたも取り切る。右ラインアウトから大きく展開。ブラインドWTBを入れて数的有利を作り、アウトサイドでゲインする。振り戻しのアタックでLO木庭拓海主将がタテに切れ込み、インゴールに入った。
前半で22−5。過去2大会敗れているチャレンジャーが勝つにはこれしかない、というゲーム展開に持ち込んだ荒尾。後半はラインアウトが乱れに乱れ、得点は3点だけ。大きくリードされて攻める意思で束ねられた熊本西に2T1G1PGを許し、最後は1トライ差までに詰め寄られたが勝ち切った。自分たちのミスから失点するケースが重なったが、攻守で前へ出る意志と、低いタックルだけは忘れなかったから崩れなかった。ラストシーンも、熊本西の怒濤の攻撃に体を張ったからボールがこぼれ、勝利を逃すことはなかった。
徳井監督は「ここまで積み上げてきたことをしっかり出せた」と勝因を語った。ごまかしや小手先で勝てる勝負でないことは、これまでの経験で知っている。気持ちを強く持つことを徹底していって手にした勝利だ。
「ただ、前半のリードでスキが出たのは反省材料です。子どもたちはまだ未熟ですから、経験しないとわからないこともある。きょうのマイナスも(この先の)プラスになるようにして全国大会を迎えたいですね」
小柄だけに集団で戦うことを生命線にするチーム。日々の練習でカオスの状態(混沌とした状況)を作って攻防を重ねることで、選手たちのコミュニケーションが高まった。その結果、様々な局面においての個々の意思決定に統一感が出てきた。この決勝でも、選手たちが判断した攻める方向は的確で、それゆえ、多くの局面において人数で上回った。ピンチ、チャンスの反応と判断もよかった。自分たちの作った勢いを高められ、相手が波に乗りそうなところで好タックルやターンオーバーが出たのはそのためだ。
徳井監督は、地元記者に花園での目標を尋ねられると「正月」という言葉を口にした。
「(花園までの日々を)中身の詰まった1か月にしたい」
1回戦突破、シード校との対戦に向け、自分たちの武器とこだわりを徹底的に研ぐ。チームウエアの胸には「全心 全身 前進」と書いてあった。