ラグビーリパブリック

エディーの執念  向 風見也(スポーツライター)

2014.11.21

 あの時期、ラグビーを愛する多くの方からこんな便りをいただいた。

「マオリ戦、惜しかったですね!」

 時候の挨拶とあって、こちらは短い返事を打つ。

「あのエディー・ジョーンズさんという方の執念には驚きました」

 11月上旬、ラグビー日本代表は「JAPAN XV」としてニュージーランドの先住民をルーツとするマオリ・オールブラックスとの2連戦をおこなった。1日に兵庫・ノエビアスタジアム神戸で21−61と大敗した相手に、8日の東京・秩父宮ラグビー場では18−20と迫った。

 1戦目は「あえてチャレンジする要素を増やした。グラウンドのどこからでもアタックするように」というジャパンのジョーンズ ヘッドコーチ(HC)は、2戦目に向けて「ジャパンのアタックのどこに問題があるか」を精査。連続攻撃を重ねた先、接点へのサポートが遅れて球を奪われ、かつそのまま失点していたと見たとされる。

 3日以降の都内の合宿が始まる頃には、「バランスよくアタックを」と新たなスタンスを再構築した。周辺取材を総合して専門的な言い方でまとめると、こんなところか。

・1つひとつの接点への「2人目」の来援を早めるよう意識付け。(SO小野晃征も「ブレイクダウン(接点)で2人目の寄りを速く(した)」と試合後に述懐)

・それを容易にすべく、攻撃陣形(シェイプ)において、(ボールを持たない場合は「2人目」での仕事を特に要求される)FWの選手をまんべんなく配列。加えて、グラウンドの中盤あたりでは、FLリーチ マイケル主将らランナーとしても光るFWが、攻撃ラインの端あたりに立っているシーンもあった。秩父宮のゲーム前日、「1戦目と2戦目、自らの役割はどう変わりますか?」との問いに、FLリーチ主将本人は「グラウンドによって攻める場所が変わります。…これくらいで」。指揮官は後にこう述懐している。「シェイプのところを少し変えました。あとは、勇気を持って外のスペースを攻める、と」

・1戦目にさほどおこなわなかったキックでの陣地獲得にも注力。両軍の組織が整備されていない「アンストラクチャー」からのアタックが得意とされてきた相手を前に、かねて指揮官はキックよりもボールキープを重視して勝ちたいとしていた(いま思えば、これも1戦目の「あえてチャレンジする要素を」を周囲に「実験」と思わせぬための発言だったか…)。しかしSO小野によれば、ジョーンズHCは「(自分たちの)後ろへ大きく蹴り返されたら、弱い」と判断したようだ。SO小野やFB五郎丸歩副将は、スペースを見つければそこへ滞空時間の長いキックを放った。スタンドへ、ゴールエリアへ。一見、「アンストラクチャー」のようなシーンでも、自分たちは自分たちなりの「ストラクチャー」のもと戦っている、という場面を指してのことだろう。SO小野はこうも言っていた。「いいキックと、いいチェイスをして(守備の)ラインを作るなど、自分たちでコントロールできるアンストラクチャーはある」。

 特筆すべきは、これらロードマップをジョーンズHCが短時間で構築、約1週間の準備期間で選手に落とし込んだことだ。チームは2012年春から着実に強化されてきたとあって、急なマイナーチェンジへの耐性はついてはいただろう。ただ、一般的に考えても、少し前に大敗した相手を断崖絶壁に追い込むことは容易ではないはずである。それを可能にしてしまったあたりに、指揮官の「執念」が見え隠れしていた。

 複数の選手は、「エディーさん」がこのロードマップを「寝ないで考えたようだ」と証言する。もしこれが事実ならば、昨年のいまごろ「脳梗塞の疑い」と診断された50代半ばの男性が、徹夜でラグビーの試合を細かく分析していたということになる。仕事といえばそれまでだが、正気の沙汰ではない。
 
 前日会見。指揮官は澄んだ瞳で言った。

「明日、すべてがわかります。いいパフォーマンスを披露できる」

 感覚的な話で恐縮だが、6月21日のイタリア代表戦(○26−23/秩父宮)、遡って昨年6月15日のウェールズ代表戦(○23−8/秩父宮)の直前、指揮官や選手の顔つきにそれ相応の雰囲気のようなものがあった。マオリとの2戦目を控えた「明日、すべてがわかります」も、その隊列に入っても良さそうではあった。そもそも今回は、その日に至るまでの練習をカバーさせてもらえていた。これだけの要素を踏まえながら、白状すると、2戦目は「1戦目ほどの大量失点はないだろう」といった程度にしか予測できなかった。普段から「記者は凝視する力がなければおしまい」と肝に銘じていたのに、その「凝視する力」を信じきれないことを再確認させられた。世界ランク9、10位を行き来するまでになった日本代表の皆様、ありがとうございます。

 そのジャパンが欧州で18位のルーマニアに苦戦を強いられた直後の11月20日、南半球最高峰のスーパーラグビーへの2016年度から20年度までの参戦が決まった。

 テストマッチ(国同士の真剣勝負)以外での国際競争力の強化が叶うとあって、日本ラグビー界の「明るい話題」として伝えられている。かつて日本人初のスーパーラグビープレーヤーとなったSH田中史朗が参戦提案のメールを協会幹部に送り、それがなしのつぶてだったことを考えれば、まぁ、感慨深いニュースである。

 締切の関係上、21日夕方の公式発表会見の内容には触れられない。ただ、来年に向けて誰もが思いつく問題はいくつかある。具体的には「国内シーズンの日程変更の是非」「選手個々の保障問題」「チーム運営の予算確保」などが挙げられよう。間違いなく「明るい話題」だけど、ただの「明るい話題」ではない、ということである。

 時の政権は、巨額の予算をかけて選挙をするという。問われるもののひとつは、メディアの権力者への監視能力か。世間への影響力は違えど、ラグビー界を取材対象とする筆者も同じことが問われていよう。実質的な日本代表の大一番さえきちんと観られなかったいま、「明るい話題」を前に自問するのは「お前、今度はちゃんと見とけよ」である。

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)。

(写真:マオリ・オールブラックス相手に善戦した日本代表/撮影:松本かおり)
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