地力で劣る側が策略をめぐらせて強大な敵に食い下がる。そんな印象はなかった。十分に実力で対抗できるチームとして堂々と戦い、部分的には相手を圧倒すらして、どちらに転んでもおかしくない好勝負を演じた。タラレバなど考えなくても、たしかに勝利に手をかけた実感があった。
11月8日、秩父宮ラグビー場での日本代表−マオリ・オールブラックス戦を観戦しての感想だ。一時は0−15と先行されながらじわじわとスコアを縮め、これまでの日本代表の鬼門ともいうべきラスト20分の勝負どころでついにリードを奪い、再逆転を許した後のわずかな残り時間にも気迫衰えぬ猛攻を仕掛けて「もしかしたら…」の期待を抱かせた。相手はオールブラックスのキャップ保持者こそいないものの、ほとんどの選手がニュージーランドのスーパーラグビークラブに所属し、なによりこのジャージーで戦うことに強い誇りを抱く猛者たちである。だからこそ試合後は、あと一歩で金星を逃した悔しさよりも「本当に強くなったなあ」という感心のほうが大きかった。
試合を振り返ってあらためて思うのは、地力をつけるのがいかに重要であるか、ということだ。この春のサモア戦やイタリア戦でも感じたことだが、現在のジャパンは体格で上回る列強を相手にしても、コンタクト局面で簡単に当たり負けしない。ゲームメイクの軸となるセットプレーでも互角以上に渡り合うことができる。もちろんスキルや戦術といった要素もあるだろうが、なによりラグビーの根本であるフィジカルのバトルでひけをとらない。だから無理にリスキーな戦い方をしなくてもいいし、自信を持って自分たちのスタイルを貫くことができる。
かつて現日本代表ゼネラルマネージャーの岩渕健輔さんにインタビューした際、次のような話を聞いたことがある。
「勝敗を決める要素として、戦術や戦略が占める割合は、実はそれほど大きくありません。私自身、いろいろなシステムを使ってゲーム分析をしたりしますが、そうしたことは数パーセントの上積みでしかない。もちろん頭脳戦も大事ですが、問題は、そもそもの力が頭脳戦によって試合に勝てるところまで来ているのか、ということなのです」
今回のマオリ戦も、春のイタリア戦も、昨年のウエールズ戦も、まさにこの言葉通りの試合だった。そして「そもそもの力」を高めるために、現在の日本代表は本当に妥協なく厳しいトレーニングを重ねている。いまや日本中のあらゆるカテゴリーで、「ハードワーク」という言葉が呪文のように口にされるようになった。ウィークポイントを前提とせず、徹底的に鍛えて強化する文化を浸透させたことこそ、エディー・ジョーンズ ヘッドコーチの最大の功績だと個人的には思う。
そのジョーンズ ヘッドコーチは8日のマオリ戦後の記者会見で、こんなコメントを残している。
「現在の日本代表ほど練習するチームを、私は他に知りません」
たった1週間前、40点差で完敗を喫した相手に、わずかな期間で急速に接近して本物の戦いを挑むことができた。冒険的な戦い方を試みた第1戦から勝負を重視するスタイルに戦術を調整したのも立て直しのひとつの要因だろうが、その根幹が、ベースとなるフィジカル面で互角に抗戦できた点にあったことは疑いようがない。それは、いまのジャパンのメンバーたちが世界を見渡しても例がないほど過酷なトレーニングを重ねていることの証明でもある。
不動のFB、五郎丸歩は激戦を終えて、自信を感じさせる静かな口調で言った。
「あの40点差が縮まるなんて誰も想像できなかったと思う。でも1週間でここまで修正できたのは、この2、3日がんばったからじゃない。3年間で積み上げてきたものがあるからなんです」
なんと頼もしい言葉だろう。世界との距離は着実に縮まりつつある。いまのジャパンは、厳しい試合を経験するたびにそれを実感できている。W杯イングランド大会まで1年を切り、2016年からのスーパーラグビー参戦も確定的となった。日本ラグビーに、かつてない大きな追い風が吹いている。
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。