ラグビーリパブリック

人を選ぶには責任が伴うんだよ、の巻  向 風見也(スポーツライター)

2014.10.09

 スポーツチームのボスの権限のひとつに選手選考がある。遠征に誰を連れて行くか。週末の公式戦のベンチ入り枠をどう埋めるか。最後の最後は長が決める。かくして組織の秩序と平和を保つ。日本最高峰のラグビートップリーグ、2013年度の上位2チームでも然りだろう。

「一番大切なことは、チームにとって何が重要なのか、です」

 王者、パナソニックで新任のロビー・ディーンズ監督は、自らのセレクションポリシーについて言い切った。

「将来的に起こりうることに備えて、という考えもあります。例えば、同じ選手を全ての試合に出し続けたとする。それでは、シーズン終盤の試合の大事な時間、その他の選手に大事な仕事をしてもらわなければいけない、というニーズに応えられなくなります」

 語ったのは9月21日、栃木は足利市総合運動公園陸上競技場である。今季のトップリーグの第5節で宗像サニックスを80−7で破った直後だった。

「常に、先々のことは考えています」

 当該の時期は従来の主力選手を休ませたり早い時間帯で交代させたりしていたとあって、ディーンズ監督はこう強調していた。「チームにとって何が重要か」との問いには、中長期的視野に基づく選手層の拡大だと答えているようだった。前オーストラリア代表ヘッドコーチのプロ指導者である。無論、「何が重要か」は「教育」やら「体裁」ではなく、「勝利」のために考えていよう。

――クライマックスが近づけば、より選考基準は簡潔ですか。

「もちろん、毎回、方針は違ってきます。誰をいつ、どう出すか。相手チームの強みのこと、自分たちがどう強みを出すかということ。さまざまなことを考えます」

 舞台は東京の府中市に移る。10月初旬、クラブハウス2階の監督室。サントリーで就任3年目の大久保直弥監督も、自らのセレクションポリシーを示した。

「真っ先に考えるのは、チーム内での信頼です。ここで皆、毎日顔を合わせている。グラウンドではいい選手でもその外では…という人間を選ぶと、セレクション自体が成り立たない」

 クラブのスタイルである「アグレッシブ・アタッキング」を「理不尽」と自嘲気味に評す。その心はこうか。勝つには全員が陣地や時間帯を問わず陣形作りと状況判断と前進を繰り返すことが不可欠で、そんなきつい作業を生半可な人間はこなせまい…。グラウンド内での結実を求めるからこそ、グラウンド外での素行も気に留めるのである。

――たった1つの試合に挑むべく、何日、何か月にも渡り人を観察するわけですね。

「そして、それを僕がたった2つの目で判断するのは不可能。補うのは周りの選手であり、スタッフ。言ってみれば、皆がセレクションに関わっていることになる」

 前年度は準優勝、2季ぶりの王座奪還を狙う。戦術面で多少のマイナーチェンジはあれど、信念は従来通り。最後はボスが腹を括る。

「一貫性があるかないか、です。ハードワークする選手が出る。ここは変わらない」

 選考は人間が人間を選んだり落としたりする行為だ。任された人は相応の覚悟を迫られる。ゆえに他者を納得させうる選出基準を作り、状況をつぶさに見て、時に周囲から意見を仰ぎ、最後はひとりで考え、誰が基準に合致するのかを判断するのだ。ディーンズ監督と大久保監督が伝えているのは、そういう話である。

 人を選ぶ責任。それをコーチでもない筆者が考えたのは3月某日だ。ディーンズ監督着任前のパナソニックの部員数名が、群馬県太田市でランチをつついている折だった。

「コリーが入ってないの、ホンマに悔しいんですけど」

 先輩方に向かって、田中史朗が口角泡を飛ばす。ファンならご存知、南半球のスーパーラグビーでの日本人プレーヤー第一号である。2013年度のトップリーグのベストフィフティーンでNO8のホラニ龍コリニアシが表彰されなかったと腹を立てていた。チームメイトの落選を「ムカつく」とか「わけわからん」ではなく「悔しい」と言う。普段から辛口で鳴らす京都府出身の29歳が、なぜ周りから愛されるのか。たまたま同席した筆者にも伝わった。同年の「コリー」は、アシュリー・ジョーンズ ストレングス&フィットネスコーチ(当時の肩書き)との連携から練習参加のペースを調整。控えめながらも「完璧ではないけど、良くなっている」と発していた。膝の古傷との付き合い方を体得し、公式戦では腰を落としてのラン、ボール奪取を連発したものだ。

 田中の怒りの矛先は個別の選手ではなく、あくまで選考そのものにあった。受賞者はリーグ参加16チームの監督と主将、記者の投票で決まる。多数決は「民主的」かつ「合理的」だが、本当の意味で誰もが納得する結果を出すとは限らない。だからこそ全ての投票者が責任を持って記入欄を埋めているのだろうけれど、第三者が人情から文句を言いたくなるのは自然でもある。なおこのシーズンは別のポジションで、出場機会の限られた日本代表選手が本人の意思とは別にセレクトされていた。

 2014年秋。目下開催中である11季目のトップリーグで、マッチコミッショナーに「試合の中で最も活躍した」と認められた選手が、その都度「マン・オブ・ザ・マッチ」に輝いている。発表はマッチコミッショナーの専権事項かつ意志の現れだ。他人がとやかく注文をつけられない。ただ、実際に選ばれた人たちが公式の取材エリアで「本当に、今日は自分なのだろうか」といった旨の発言を重ねるのもまた事実である。

 2019年にワールドカップを迎える日本ラグビー界。現場と別の領域では、相変わらず人を選ぶ責任が曖昧に滲む。こうした状況について、例えばサントリーの大久保監督はどう思っているのだろう。

「僕らは僕らで(試合ごとの殊勲者を)選んでいますから」

 自分の責任を果たしている人は、他人の責任の範疇にとやかく口を出さないのでした。すみません。

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)。

(写真:ホラニ龍コリニアシ/撮影:松本かおり)
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