32歳の筆者より年下の方が仰られるのを聞くと、「この国の未来は大丈夫か」とやや心配になるが、まぁ、今回はそのことには触れない。ただ、少なくないラグビー愛好家が一部の選手をこう評しがちだという事実は、シーズンが本格化するこの時期に確認されたい。
「あいつは生意気じゃないですか」
かねて突飛な言動で知られるある選手が、ある場所でその人にとってほんの少し鼻につく態度を取ったらしい。伝聞情報と皮膚感覚がないまぜとなり、「生意気」との評価ができあがる…。概ね、「あいつは生意気」の論理構造はこんなところだろう。時として、「○○といい××(以上、選手名)といい、△△(学校名)には生意気が多い」という物言いも派生する。
ラグビーは紳士のスポーツと言われて久しい。トッププレーヤーに接すると、そのジェントルマンシップに驚かされる。最近では、来日して間もないサントリーのFLスカルク・バーガー。南アフリカ代表71キャップの巨躯は、芝を離れれば微笑みを絶やさない。強く、猛々しく、優しい。ともに練習した印象を聞かれたはずのチームメイトも、こう即答してしまったほどだ。
「…格好良かったです」
こんな様子では、少しでも他と違った気風の持ち主なら「生意気」と噂されても不思議ではない。まったく、有名人は大変である。
もっとも、ラグビーは多様性の競技でもある。ポジションごとに役割が違うように、異なる個性がひとまとまりとなった時の化学変化こそ真に求められている。
例えば、昨季のトップリーグと日本選手権を制したパナソニックワイルドナイツは。職人のHO堀江翔太が主将で、司令塔の座にはオーストラリア代表51キャップの好漢SOベリック・バーンズが屹立する。精神的支柱が心に荒さと優しさを共存させるNO8ホラニ龍コリニアシで、エースはアメリカンフットボールとの両立などで話題をさらったことのあるWTB山田章仁だ。他には明大4年のシーズン途中に主将へ立候補したFL西原忠佑、テスト生出身のCTB林泰基ら色とりどりの面々が並んでいる。この人たちが「生意気」かどうかは第三者は知る由もない。ただ少なくとも、このクラブで「生意気」はだめだという理屈は成立しない。
「生意気」の意味は「能力不相応な振る舞いをすること」といったところだが、若い選手の「能力」は未知数だ。もし本当に「生意気」が悪なのだとしたら、ある一定の年齢に満たない選手は横並びに大人しくしていなければならないこととなる。感覚的な物言いで恐縮だが、それは、面白いのだろうか。
なお、「あいつは生意気」に似たつぶやきは、メディア関係者の間でも交わされることがある。多くの選手が真摯な態度で取材エリアで応対するなか、数少ない若手がつれない態度を取った時である。
ただ、さほど整っていない一言がかえって勝負の要諦を表している場面もあり、そもそも「メディアトレーニング」で作られたような談話しか聞いたり伝えたりできないとしたら、それは当方を含めた取材者の力不足のような気がしないでもない。ぶっきらぼうな接し方しかできないと損をするのは間違いないが、人には、氷水をかぶらない権利も「丁寧」な受け答えをしない権利もある。
2005年、関西大学Aリーグの古豪である京都産業大ラグビー部で、1年生から主力格だった3年生SHが突然レギュラーではなくなることがあった。当時の指導内容への反発を複数の部員を代表して表明し、以後、干されたのに近い扱いを受けたのだ。当時の本人を知る人物のなかには、同情する者とやや呆れる者が入り混じっているようだった。
――あの時、黙っておくことはできなかったのですか。
「いや、それはないですね。それではチームも良くならないし、自分のプレーも伸びないので」
当事者は、社会人になってからそう応じた。
名前は田中史朗。
初めて南半球最高峰のスーパーラグビーでプレーした日本人選手である。その一挙手一投足で対戦相手の守備陣形を変質させ続けると同時に、Facebookで「ラグビーファミリー」なるファンの交流ページを運営する。本格的に海外挑戦をする前は日本にいる大物外国人選手からサインをもらい集め、地元の子どもたちに配っていた。いつかは「生意気」と言われたかもしれない青年は、人気復活を期す日本ラグビー界の象徴となっている。
2014年度シーズンが本格化する。この国のラグビー界を包む視線が「モラリスト」の枠を超え、「ジェントルマン」と「生意気」が同じ地平で語られますよう。
【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)。