いわきブルーブレイブスと舞鶴OB。この交流をいつまでも。
いつまでも大切にしたい絆がある。ずっと続けていきたい試合がある。
福島県いわき市で活動するクラブチーム『いわきブルーブレイブス』と、大分舞鶴高校ラグビー部OBによる親睦試合が9月1日におこなわれた。ブルーブレイブスには、磐城高校のOBが大勢所属する。交流は昨年から始まった。
2010年12月27日、大阪・近鉄花園ラグビー場。第90回全国高校大会1回戦で磐城高校と大分舞鶴高校が対戦した。12-5で大分舞鶴が勝った60分は、互いに気持ちの入った好ゲームだった。
それから2か月半後、東日本大震災が発生する。
後輩たちが戦った相手の住む福島が苦しんでいることに、大分舞鶴のOBたちは心を痛めた。そして、行動を起こそうと考えた。「みんなで福島を勇気づけよう」と立ち上がる。楕円球のつながりをたどる。ブルーブレイブスと出会い、親睦マッチを企画、実施した。特別な間柄でなくとも、誰だって、いろんな形で復興支援できる。そういうことが広く伝わればいいと思った。
昨年から始まったこの試合は今年も実施され、心の交流はさらに深くなった。8月31日、大分舞鶴のOB37人が全国各地からいわき市に集まった。津波の被害を受けて壊滅状態となった平薄磯地区や平豊間地区などを視察。原発の付近から避難した方々が住む仮設住宅や、整地される予定の海沿いの住宅地跡などを見てまわった。決して忘れてはならない光景を心に刻んだ。
視察には、いわき市役所の鈴木正輝氏がガイドとして同行した。自宅を津波に襲われ、母親と幼い2人の我が子を亡くした方だ。地元紙の取材を断り続けているという同氏は、土台だけが残された自宅を前に、大震災当日の行動や、2歳と5歳の子どもの遺体の発見場所などを時折声を詰まらせながら語った。OBの中には、こらえきれず涙をぬぐう人もいた。
鈴木氏は、「舞鶴高校OBの皆さんにリアルな話を聞いてもらい、記憶にとどめ、広く伝えてもらえたら」と願いを込めた。
試合は、昨年敗れた舞鶴OBが快勝した。
同日夜に開催された親睦会では、いわきブルーブレイブスの酒井宏部長が「復興は進んでいない。報道には出ていない部分を見てもらえたと思う」と挨拶。鈴木氏やブレイブスのメンバーを交えた宴は、硬軟自在の話題で大いに盛り上がった。地酒を酌み交わす。舞鶴高の部歌「ラグビー賛歌」と磐城高校歌の大合唱。復興支援と交流の継続を誓った。
翌日(9月1日)は快晴に恵まれた。いわき市鮫島河川敷グラウンドで行われた第2回親睦マッチは、アンダー35歳、オーバー35歳、混成というチーム編成で3本の熱戦が展開された。昨年はブルーブレイブスに軍配が上がったが、今回は来征の友が勝利を手にした。花園準優勝メンバーである佐藤智幸、吉田惇哉ら若手を中心にした舞鶴OBチームは、
勝ちにこだわる展開を見せ、10トライを奪って快勝した。
かつて監督も務めたOBの橋本浩一氏はオーバー35歳チームの一員として出場。
成長した教え子たちとともにプレーし、「いろいろな思いがあるが、教員をやってきてよかった」と感涙した。
気持ちを運んだ側、迎えた側とも、たくさんの温かさを感じた2日間だった。
ラグビーを通じての交流によって、東北の方々の力強さを肌で感じられた。わずかかもしれないが、被災地を励ますこともできたとも感じている。被災地支援の方法は寄付やボランティア活動など様々だが、このツアーのように実際に被災した方々の現状を知ることが、継続的な支援の第一歩となるはずだ。
舞鶴OBの安部孝博会長は「来年以降も交流を続けて絆を深めたい」と語った。先輩たちが自ら立ち上がり、実行に移したこの取り組みは、名門復活を誓う後輩たちの励みにもなるだろう。
そして、復興支援を引き継ぐ気持ちが芽生えることに、きっとつながる。
大きな被害を受けた地を歩き、いろんなことを感じた。