あのウエールズは本物ではなかった。ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズのオーストラリア遠征で選手15人と監督やコーチが不在、ほかにも負傷や休養で10人近いメンバーが今回のツアーに参加しなかった。6月15日の第2戦に出場した23人の平均年齢は23.3歳で総キャップ数は135、所属チームにおいてレギュラーではない選手もおり、実に9人が今回の来征で初めてキャップを獲得している。経験の少ない若いチームにとっては、日本特有の蒸し暑さもさぞかしこたえただろう。
と、ひねくれた評論家を気取ってあれこれ難癖をつけてみても、あのテストマッチを思い返すたび、頬がゆるむのを抑えられない。
だって、ウエールズに勝ったのだから。
テストマッチとはいうまでもなく勝つことがすべてだ。どんな事情があるにせよ、正式に「代表」と認めたチームが敗れればそれは屈辱であり、いかなる強豪国でも次からは万全の体勢で臨まざるを得なくなる。これまではむしろ主力抜きの相手にも完敗を喫し、トップメンバーとの対戦はおろかテストマッチすら組んでもらえないというのが、国際舞台におけるジャパンの立ち位置だった。アウェーで挙げた昨秋のルーマニア、グルジア戦の勝利に加え、今回の勝利は今後の強豪国とのマッチメイクに好影響をもたらす。こうした勝利の積み重ねこそが、新たなステージへの扉を開くのである。
もちろん反省すべき点はたくさんあるし、相手の力量をふまえた上での総括は必要だろう。しかし百戦錬磨のエディー・ジョーンズヘッドコーチならそれくらいは当然わかっているはずだ。激闘からわずか中3日で再開されたパシフィック・ネーションズカップでも緊張感を維持し、カナダ、アメリカといった同格の相手に勝ち切ったことで、ウエールズ戦勝利の価値は一段と高まった。今はこのいい流れを、日本ラグビーの復権のために余さず活用することが何より大切だろう。
ウエールズ来日シリーズでは第1戦の花園、第2戦の秩父宮ともに、2万を越える大観衆でスタンドが埋まった。これほど多くの人々の前で感激的な試合を見せられた意味は、とてつもなく大きい。秩父宮では試合後、涙を流して歓喜するファンの姿を目撃した。あの興奮を味わった人なら、きっとまたジャパンの試合を見るためにスタジアムへ足を運ぶ。観客席の熱気は、ラグビーという競技全体を後押しする大きな追い風になる。
SO立川理道や福岡堅樹、藤田慶和の両WTBなど、6年後のワールドカップ日本大会で中核を担う世代の選手たちがグラウンドで勝利を体感できた価値も計り知れない。日本代表は2019年ワールドカップでの決勝トーナメント進出を目標に掲げているが、いくらホームとはいえ、それまで一度も勝ったことのない相手に一発勝負の本番で勝利するのは難しい。そこに至るまでの過程で勝利の経験を重ねておくことで、本当に「勝てる相手」として対峙できるのである。
たとえば藤田は東福岡高2年時に参加した高校ジャパンの欧州遠征でU18スコットランド代表に勝利しており、このたびウエールズ代表を倒すという勲章もキャリアに加えた(ちなみに今回のウエールズ来日メンバーのひとり、SOリース・パッチェルは同遠征のウエールズ・プレジデントXV戦に出場しており、藤田にとってはその試合<27−39で敗戦>の雪辱も果たす結果となった)。2019年のベスト8進出を果たす上で現実的なターゲットとなるスコットランドやウエールズは、藤田にとってすでに「勝ったことがある相手」なのだ。爆発的なスピードとハードタックルですっかりファンの心をつかんだ福岡も、「今回の相手なら全然やれるという感覚が持てました。2019年に対戦する可能性があると考えれば、大事な経験になると思います」と頼もしい言葉を残している。
最後に、ウエールズ戦勝利後に藤田が残した印象的なコメントを紹介したい。
「今ジャパンにいる選手以外にも、大学にはいい選手がいっぱいいる。でもみんな大学という枠の中のことばかり考えて、そこで成長が止まっている気がします。もっと世界に目を向ければ、日本からもどんどんすごい選手が出てくると思う」
海外で経験を積むことがいかにプレーヤーを成長させるかは、166cmの身長で誰よりも大きい存在感を示し続けたSH田中史朗のプレーぶりからも明らかだ。19歳の若者が発した提言に、停滞する大学ラグビーの重い課題が見えたような気がした。
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
(写真:日本代表×ウエールズ代表。福岡堅樹らが躍動/撮影:松本かおり)