「才能があるのに輝く場所を持たず、夢をあきらめて、チャレンジを終えようとしている若いラグビー選手を、なんとかサポートしたい」と語る、若き実業家と出会った。彼は元ラガーマンで、高校日本代表候補にもなった男だ。しかし大学時代は怪我に苦しみ、楕円球を抱えて走ったのは遠い昔話となっている。
この人物については、次号『ラグビーマガジン』誌の巻末インタビューをご覧ください。
彼はいくつか語ってくれた将来の目標について、こんなことを言った。
「あこがれていた大学や高校へ行けなかった子たちを、サポートすることができたらいいなと思う。例えば、オーストラリアやニュージーランドに、ワーキングホリデーなどで留学をして、働きながら、真剣にラグビーができるという仕組みを作りたい。で、向こうでみっちりやって、彼らが帰国したときに、大学のスカウト担当者の前でセレクションマッチをやる。そんなこと、できないですかね?」
クリアすべき難問は多いだろうが、セカンドチャンスに飢えている者にとっては、しがみつきたくなるような話だ。
実はボクも、ワーキングホリデーでチャンスを与えてもらった者だ。ニュージーランドで出会った人たちが、スポーツライティングの世界に導いてくれた。才能もないのに大口をたたき、怠け者のボクみたいな人間は、時に自分が選んだ道を後悔するのだけれど、20代の半ば、夢を抱いて海外で過ごした日々の日記を読み返してみると、いい青春時代を送っていたことに気づく。近頃失敗続きだったから、今夜は電話を切ってやけ食いして、ホークス観戦しながら酔いつぶれようと思っていたけれど、もうちょっと頑張ろうかな、なんて気になった。
サラリーマン生活を1年で終えて、ボクはニュージーランドに遊学した。初めの3か月は「スポーツライターになるにはまず英語だ。勉強、勉強しなければ」と、学校、図書館、フラット(アパート)を往復するだけの日々を過ごした。
でも、たびたび、自分の将来が不安になった。会社、辞めなきゃよかった、と。
しかし、日本人向けのフリーペーパーなどを発行している『GEKKAN NZ』という会社の営業マン、トムさんとの出会いでボクの人生は一変する。彼は、ボクが住んでいたフラットの2階の住人だった。
「素人でもいいから、書いてみないと始まらないよ。やってみなよ」
その言葉がきっかけで、ボクは週末になると、有料ラグビー中継の音声だけ流れてくるテレビに耳を澄ませるようになった。やがて物足りなくなって、全財産1,500ドルをポケットに入れて、ラグビー観戦行脚に出かけた。ときにはスポーツを対象としたギャンブルで所持金を増やしながら。邪道だなんて思わない。ラグビーを見まくるためにギラついていた。
人生初のスタジアム観戦は1997年6月14日、オールブラックス対フィジー。タナ・ウマンガのデビュー戦だった。約3か月後のプケコヘでは、腎臓疾患を克服したジョナ・ロムーの復帰戦を見た。
クライストチャーチの夕暮れに、黙々と走るラグビー少年たちを眺めた。ハミルトンのスタジアムでは、マオリのおじさんにウォッカをごちそうになりながら、現役時代の昔話を聞いた。ティマルの酒場に泊まらせてもらったとき、あごひげの紳士に、「華やかな世界ばかりを見ちゃいけない。オールブラックスを語る前に、君はティマルの何を知っているかね」と酔いも醒めるほど説教された。クルセーダーズ好きのセクシーなオネエちゃんがなぐさめてくれた。ハリケーンズカラーで顔中をペインティングした子どもたちも、かわいかった。大阪朝鮮高ラグビー部出身のジャン・ユンや、ラグビー留学していたシュウジさんとの語らいも、ボクの財産になった。
ワーホリの期間は1年だった。長いようで、短い。ただ、ラグビーを観て、ラグビー好きの人の話を聞いて、本をめくり、スクラップをして、へたくそな感想文を売り込み続けただけの日々。帰国する前、『GEKKAN NZ』のトムさんの口利きで、旅行ガイドブックのスポーツコーナーの記事をすべて書かせてもらうことになった。ラグビー、クリケット、ネットボール、ローンボウルズについて、精いっぱい書いた。夢見ていたスポーツライターのデビュー作。初めての報酬は、ボクが最初の売り込み原稿で取り上げた人物、ジョナ・ロムーの生写真だった。担当編集者は、ボクのボツ原稿のことを覚えてくれていた。
そしていまボクは、『RUGBY REPUBLIC』であなたに記事を読んでもらった。ダラダラとどうでもいい思い出話、すみませんでした。初心を忘れた自分も、反省しなきゃですね。
セカンドチャンスを真剣に求めている方、サードチャンスが許された方。夢をつかみましょう。腐りそうになったとき、昔の自分がハッパをかけてくれるはずです。自分を納得させられないのに、あきらめることがありませんように。
(文・竹中 清)
(写真:日本人向け情報誌を手に笑顔を見せるジョナ・ロムー/撮影:N. Sakotsubo)