ラグビーリパブリック

果たし状は書かない  向 風見也(ラグビーライター)

2012.08.30

 公式発表で「8932人」の観客は、オーロラビジョンで映像を見返しては思わず息をのんだ。
 2012年1月9日、東京の秩父宮ラグビー場。午後2時5分に始まった国内最大級のトップリーグ第9節、前半14分の出来事だ。
 3点を先取されたNECが攻める。敵陣22メートル線付近の起点の脇から、NO8土佐誠が球を抱え飛び出す。各々が別な方角を向く人と人の間を突き、一気にゴールラインへと迫る。行く手を阻む別な相手を抜き去り、あとはトライラインの向こうに球をつければ逆転できる。背後に「気配」を感じたが、加速した勢いで飛び込めば大丈夫だと思った。
 人々を驚かせたのは、その「気配」の持ち主である。
 土佐の持つボールと地面の間に、対するサントリーのジョージ・スミスが滑り込んだのだ。強豪オーストラリア代表として110もの国同士の真剣勝負に挑んだ当時31歳のFLは、他のチームメイトが白旗を上げた時も諦めなかった。失点を防いだ。スミスはのちにリーグ戦、上位4強でのプレーオフの両方でMVPを受賞することとなる。
「気配は感じましたけど、勢いでいけるかなと。でも、手を下にひゅっと入れられて……」
 29−35で敗れた試合のあの場面を、土佐はよく覚えていた。
「最後までディフェンスする意識は、すごい選手も持っているんだな、と」
 この列島には、スミスら最高級のラグビーマンが相次ぎ参戦している。背景には何らかの好条件もあろうが、ともかく、世界的には発展途上なリーグに多くの利点をもたらしている。国内屈指のNO8による「最後までディフェンスする…」との感慨はその好例か。こんな潮流下で始まる新シーズンの「見どころ」には、大物のプレーとそれへの日本人の対抗するさまが挙げられそうである。
 しかし土佐は、「特別な思いとかはないですけど」と優しく断ずる。8月31日の秩父宮でスミスらサントリーとの開幕戦を行う26歳は、こう言葉を紡ぐのである。年間を通し本当に楽しみにしていることは、「チームがどれだけいい試合をやれるか、自分自身が練習したことをどれだけ試合で発揮できるか」だと。
 リコーの27歳、山藤史也も然り。相手走者のもとへ素早く突っ込み鈍い音を響かせるタックラーは9月1日、秩父宮で初戦に臨む。対するパナソニックは、山藤と同じCTBの位置にソニー=ビル・ウィリアムズを迎えた。動きの鋭さと華を兼ね備えた現役ニュージーランド代表である。27日に来日、本稿締め切り時点では開幕節の出場を見合わせるかもしれぬ1学年下の雄を「意識します」と語る山藤だが、実は、もっと大切な思いを秘めている。「去年、負けたチームには勝ちたい。その試合、個人的にも上手くいかなかった」。定型的な「スターへの果たし状」を体よく書くのを、きっとこの人は好まない。あくまで、チームへの責任を果たすためにタックルをするのだ。
 人の力は、人の想像の枠をはるかに超えられる。「打倒大物」の鋳型に簡単には収まらぬトップリーガーたちは、個性の競演ではなく勝負を通じてファンにそう伝えている。



(文・向 風見也)



 


【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
ラグビーライター。1982年、富山県生まれ。楕円球と出会ったのは11歳の頃。都立狛江高校ラグビー部では主将を務めた。成城大学卒。編集プロダクション勤務を経て、2006年より独立。専門はラグビー・スポーツ・人間・平和。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)がある。技術指南書やスポーツゲーム攻略本の構成も手掛け、『ぐんぐんうまくなる! 7人制ラグビー』(岩渕健輔著、ベースボール・マガジン社)、『DVDでよくわかる ラグビー上達テクニック』(林雅人監修、実業之日本社)の構成も担当。『ラグビーマガジン』『Sportiva』などにも寄稿している。



 


(写真:NEC 土佐誠/撮影:BBM)

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