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五輪からわかる「正解」  藤島 大(スポーツライター)

2012.08.09

フェンシングにおける「接近プレー」のエキスパート、ロンドン五輪の男子フルーレ団体銀メダリスト、太田雄貴が、その「団体戦の妙」について、こんなコメントをしている。



「テニスのように仕切り直す競技は番狂わせが起きづらい。フェンシングはポイントが積み重なるので、一流選手でもリードを許すと焦りが生まれ、負の連鎖にはまる。それが怖さであり、魅力」(朝日新聞)



チームとして45点先取すれば勝利が原則。日本は、中国とドイツを負の連鎖にはめ、決勝のイタリアははまりそうではまらなかった。力は振り絞った。



五輪の修羅場に我々が見るのは、まさに「負の連鎖の押しつけ合い」だ。一流と一流がぶつかっても、瞬間、どちらかが「負」の札をつかまされる。ここは相対的なのだ。村で一番、町で一番、学校で一番、社会人で一番、ヨーロッパで、アメリカとアフリカ大陸で、アジアで一番にして強気で鳴る者が、でも五輪では弱気の側に押し込まれる。反対から考えると、少々の実績や地力の差は、強気と活力と戦略性で引っくり返せる。はまった時の太田雄貴だ。



柔道は、チーム丸ごと、負の連鎖に陥った。きっと厳しい鍛練を乗り越えてきたのに、どこか自信なさげだ。敬愛する先輩ジャーナリストとたまたま会ったら、そのロンドン五輪の柔道について、こう言った。



「しっかり組めば必ず勝てるって、オリンピックでしっかり組ませてもらった試しはないんだから。もう、ずーっと同じことばかり言っている」



つまり冷徹な現実から強化を始めていない。どうせ組めない、組ませてもらえない、だからこうするのだ。その覚悟と割り切りに欠けている。



ラグビーに置き換えてみると、でも現場の判断は難しいだろうなあ、ともわかる。ルールや環境の変化に応じて「伝統の追求」を捨てる。正しい。他方、柔道なら「同じように組まずにパワー勝負」すれば、おおかたの海外好敵手の土俵ならぬ畳に引きずり込まれる。そういうふうに戦うのなら向こうのほうが上なのである。



それでも柔道の場合は、世界のトップ級であることは間違いないので、現実に即した応用の欠如という指摘は理にかなっている。でも仮に、関東大学対抗戦の東京大学が伝統の低く構える膝下タックルを「現行ルールとそれをふまえた世界の潮流に合致せず」と捨て、理論的には正しい「高く構えて体幹の強さを崩さずに入る瞬間に低く」という方法に切り替えて、さて体格とパワーにまさるチームはこわいか。ここは難しい。同格に必ず勝つのが目標なら後者か。では同格より上の相手との入れ替え戦を標的とする場合には?



ラグビーでは、きっと柔道もフェンシングでも、「ひとつの正解」が全体の勝利に結びつくとは限らない。後半20分になるとフロントローの運動量が落ちてタックル回数が減り、防御システムに穴があくという分析結果に従い、慣習的に交替させたら、大事なスクラムで反則を取られて負けてしまうかもしれない。正しい構えでタックルに入られるより、最初から低い姿勢で飛び込まれるほうが、その相手は慣れていないので嫌かもしれない。いや一流の相手なら「正しくない方法」の欠点をすぐ攻略してくるさ。でも相手が一流だからこそ、限られた戦力では同じことをしたら必ず負けてしまうのでは。ここにも簡単な正解はない。自分のチームと標的の力関係やそれぞれの文化的背景によって「正しさ」は変化する。



と、結論が出ないままコラムの幕を引くのはずるいので、五輪からわかる「正解」をひとつ。



日本人、日本チームの凱歌や大勝利の背景には「明快さ」がある。はっきりしているほうが強い。



男女のサッカー、走る、追い回して囲む、つなぐ、固める。意思は統一されている。ほかのことは考えていないようにさえ映る。体操の内村航平、美の追求。その一言。ボクシング、バンタムの清水聡、ミドルの村田諒太の銅メダル以上確定(締め切り時点)には、それぞれスタイルは異なっても「最終3回で必ず逆転する、突き放す」という確信が横たわる。



それに比べると女子マラソンには、ここで勝負の一言が浮かばない。柔道にしても「伝統の技と美」をとことん究めるほどの確信はすでになく、かといって、モダンなJUDO、そのシステムに乗っかってしまう覚悟もなかった。どっちつかずだ。



新しいシーズン開幕が近づく。トップリーグ各チームの標語にもこれまでは抽象的な精神規定が目立ったが、どこかが「押し潰す」とか「永遠にタックル」とか「まだ走る」としてみたらイメージがより浸透するのではないか。


 


(文・藤島 大)


 


 


 


【筆者プロフィール】


藤島 大(ふじしま・だい)


スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。


 


 


(写真:ロンドン五輪 柔道女子48キロ級準決勝で敗れた福見友子/撮影:JMPA)

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