ラグビーリパブリック

【向風見也コラム】 ラグビーは業の肯定

2012.07.19


yamada


 


 


 組織をまとめるには何が必要か。「尊重」。廣瀬俊朗は答えた。
 1981年生まれ。所属する東芝で2007年度から4季続けて主将を務め、2012年度からは日本代表でその責務を負う。グラウンド外では日本最高峰トップリーグの選手同士で社会貢献活動を行うキャプテン会議の代表も任された。そんな廣瀬は、目の前の人間1人ひとりを「尊重」すべきと考えるのだ。最後に全員が同じ方角を向いて戦うためにも、まずはそこにある意見のすべてに耳を傾ける、と。十人十色の個性をあらかじめ用意した「自分色」で塗りつぶす発想とは、まさに対極にある。なおこの人、「迷ったら素直になる」ことも大切だとしている。
 楕円球界では、こうした万人が聞き惚れる談話の数々に触れられる。ある選手は自己犠牲の精神を、ある指導者は好敵手への尊敬の念を、すがすがしい口調で語るのだ。それを直に聞けるのは記者の特権だろう。
 ただ、それに慣れるのは危険である。全てのラグビーマンは人格者たれという、画一的な思想で凝り固まるからだ。人は流されやすい。廣瀬などの人格者による「紳士的な発言」に寄りかかってばかりだと、やんちゃな個性を闇雲に嫌う窮屈な発想に陥りがちになる。そんな考え方もまた個性の1つではあるが、例えばラフプレーをした若手を痛烈に批判する度、「これを書いた人は、一度も間違いを犯したことがないのかな」と呟かれるのを忘れてはならない(もっともラフプレーは歓迎されるべきではない。勝利に不要だからだ)。
 山田章仁。1985年生まれでパナソニック所属、あらゆる関節のバネをしならせ相手守備を破ってはファンの心を掴むプロアスリートだ。
 慶大在籍時はチームが作られる春に単身オーストラリア留学をし、卒業後は奇抜とされる髪型でグラウンドに登場。「道徳的」とは違った立場を貫き、いわゆる「紳士」論者からは常に批判されてきた。
 東日本大震災から丸1年が経った2012年3月11日、大阪は近鉄花園ラグビー場。日本選手権準決勝で、パナソニックはNECを41−3と制した。「東北に勇気を」「震災の記憶を風化させるな」と、やや画一的な論調で報道された。
 ただ実際には、「忘れたいと思っていることを忘れるなと言われるのは辛い」と語る被災者もいる。それを知ってか。この日に戦う意義を問われた山田は次のように発した。
「いつもより楽しいプレーをしたいなと思いました。ただ、それを言いすぎるのは良くないですよね」
 表面上の「紳士」になる前に自分らしさを磨いたから、杓子定規では測れぬ人の心に想像をめぐらせられたのだ。それこそ「紳士」として扱われる廣瀬と、「尊重」「素直」を謳う点では共通している。これだから人間は面白い。
 落語家の立川談志は生前、「落語は人間の業の肯定」を持論とした。誰しも持ち合わせるみっともなさや狡さも正面から認め、笑いに変えるのが落語なのだと。実に色々な人が同じ空気を吸う現代社会にあって、必要な哲学かもしれなかった。
 さまざまな体型、気質の人に見合った役割が与えられるラグビーというスポーツも、きっと「紳士的」であるより「業の肯定」を旨としている。「品行方正」の枠に収まらぬ個性をはじめとした多様な「人間の業」を紐解き、わかりやすく伝える。そんな取材者でありたい。



(文・向 風見也)




 


【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
ラグビーライター。1982年、富山県生まれ。楕円球と出会ったのは11歳の頃。都立狛江高校ラグビー部では主将を務めた。成城大学卒。編集プロダクション勤務を経て、2006年より独立。専門はラグビー・スポーツ・人間・平和。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)がある。技術指南書やスポーツゲーム攻略本の構成も手掛け、『ぐんぐんうまくなる! 7人制ラグビー』(岩渕健輔著、ベースボール・マガジン社)、『DVDでよくわかる ラグビー上達テクニック』(林雅人監修、実業之日本社)の構成も担当。『ラグビーマガジン』『Sportiva』などにも寄稿している。


 


 


(写真:パナソニックWTB 山田章仁 / 撮影:BBM)


 

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