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105代目主将の才田も涙 「同志社にとって過酷できつい8年でした」

歓喜の同志社大。中央で優勝盾を手にしているのが才田キャプテン(撮影:前島進)


 12月5日、京都の西京極総合運動公園で関西大学Aリーグ最終節が行われ、同志社大学が13-10という僅差で天理大学を下し、8年ぶり42回目の優勝を決めた。「8年ぶりの関西制覇」と聞いて、耳を疑う人が多いのではないだろうか。かつては、関西大学Aリーグで9年間負け知らず(1976〜84年度)、大学選手権3連覇(1982〜84年度)を達成した常勝軍団も、ここ数年は関西制覇すらできない状況だった。

 この日も、全勝で勝ち進んできた天理大の猛攻にディフェンス一辺倒の展開を余儀なくなされた。しかし、スローガンを「覚悟」としてハードな練習を続けてきた同大メンバーは決してあきらめなかった。前半にあげた13点のリードを守り抜き、勝利の雄叫びをあげたのだ。181p、120sの巨体を揺らしながら、チームの先頭に立った才田智キャプテンは、涙が止まらなかった。「同志社にとって、過酷できつい8年でした。やっとスタートラインに立てました。大学選手権では一戦一戦力を出し切ってきます」。伝統ある同志社大学ラグビー部105代目のキャプテンの重責は想像を絶するものだったのだろう。

「長かったぁ」。しみじみと言葉を吐き出したのは、山神孝志監督である。「関西リーグの優勝がこんなに嬉しいなんて、我々の頃はなかったですよ。選手にとっては、初優勝みたいなものですから」。同大ラグビー部の黄金時代に籍を置いた山神監督にとっても、8年ぶりの優勝の味は格別だったのだ。

 2010年度、同大はリーグ7位で部史上初めて下部リーグとの入替戦を経験した。再建を託されたのは、同大OBで三洋電機(現パナソニック)の監督として日本選手権優勝に導いた宮本勝文氏だ。2011年春に新体制がスタート。ヘッドコーチには、クボタスピアーズの監督経験のある山神氏が加わった。最初のシーズンは2位まで順位をあげたが、翌シーズンは6位となり大学選手権出場を逃してしまう。そして、宮本監督のあとを引き継ぐ形で山神監督が誕生した。宮本監督が掲げた、ボールを大きく動かし、見ても、やっても楽しいラグビーというスタイルに加え、スクラム、ラインアウトなどのセットプレーを強化し、縦横無尽にボールを動かすチームを作ってきた。3年目の指揮となる今季、6月の練習試合で天理に勝利したときには、「(戦術の)理解力が高まってきました。3年はかかるのかな」と話し、勝負の年だと意気込んでいた。しかし、関西リーグの開幕戦で近畿大に敗れ、苦しいスタート。その後の苦戦を潜り抜けながらの頂点だった。

 報道陣に囲まれた山神監督が今季のチームを振り返る。「最初のミーティングのとき、選手自身が『覚悟』というスローガンを決めていた。そういう意味ではスタートは早かったですね。今季は選手自身が自分たちの代の選手に学生スタッフになるように頼み、10人ほどプレーヤーを辞めています。それは、そのほうがチームの運営が上手くいくと彼らが判断したからです。同志社のファーストジャージーが着られなくなるという決断をチームメイトにさせたわけだから、その責任を負わなくてはいけない。それは覚悟のいることだったと思います。夏合宿の練習もこれまでで一番きつかったでしょう。朝5時半から起きての3部練習を21日間やり通した。リーグ開幕戦で負けましたが、あの負けがあってこそ、きょうがあります。一戦一戦相手の特徴を力にしてきました、きょうは、『アクション』がテーマでした。リアクションでは遅れる。攻守に準備したことが上手くいきました」

 選手たちへの想いを話し出すと止まらない。報道陣から、「ご自身もサラリーマン生活との両立で大変だったのでは?」と問われると、「僕は、コーチングと、ラグビーが好きなんですよ。グラウンドに行けば疲れがとれるんです。まあ、会社の方からは、そんなに仕事していないからだろう、と言われそうですけどね」と笑顔になった。試合後は、同大時代の先輩でもある天理大学の小松節夫監督とがっちり握手をかわした。「おめでとう、と言ってくれました。ありがたい先輩です」。そんなラグビー仲間との絆も愛する山神監督と選手たちは、12月13日に開幕する全国大学選手権セカンドステージに関西王者として臨む。まずは、アウェイ、秩父宮ラグビー場で関西王者の実力を披露する。

【関西大学Aリーグ最終順位】
1位=同志社大、2位=天理大、3位=立命館大、4位=関西大、5位=京都産業大、6位=摂南大、7位=近畿大、8位=関西学院大。
(文:村上晃一)

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肩車され、サポーターの祝福にこたえる同大SO渡邉夏燦(撮影:前島進)

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