コラム

【田村一博コラム】それぞれの一生に一度。




 男女セブンズ代表が揃って笑う少し前だった。
 韓国は仁川でアジア・セブンズシリーズで取材をしていた9月30日、家族からスマホに「九州に住む母と連絡が取れなくなった」とメールが入る。
 東京から母の家の近くの救急隊に通報し、駆けつけてもらうと、朦朧とした84歳が家の中にいた。


 10月1日、韓国から帰国。羽田空港に到着後、そのまま実家へ向かった。
 夢と現実の区別がつかないままの母がポツンといた。
 父が亡くなって13年。年老いてのひとり暮しの間に衰えていった。今回は疲れがたまって長く寝ている間、水分も食事も摂らなかったから意識がはっきりしなくなり、幻覚が見えたりしたようだ。
 認知症の少し手前の症状。足も悪い。几帳面だったはずなのに、家の中も散らかっていた。
 翌日、入院した。


 入院前日、意識が不安定なままの母と食事をした。
「来年のワールドカップ、見に行こうと思ってる。3000円ぐらいの券もあるみたいだし。ちゃんと調べたのよ」
 話の途中、唐突にそう話した。熊本ではフランス×トンガ、ウエールズ×ウルグアイの2試合がおこなわれる。
 ラグビーにはほとんど興味がない母だが、以前から、ワールドカップが来るなら行ってみたいとは話していた。その思いが、今回の状況で出るとは思ってもいなかった。
 近所の方が「うんうん。足も治して、行けるといいね」と言ったら、母はもう次の話に移っていた。
 1年後、85歳になっている老婆が正真正銘の「一生に一度」のワールドカップを迎える。


 釜石に住む17歳、釜石高校2年生の洞口留伊(ほらぐち・るい)さんは、地元で開催されるワールドカップの2試合を観戦したいと言った。
 今年8月19日におこなわれた釜石鵜住居復興スタジアムでのオープニングゲーム。そのときにキックオフ宣言をした釜石育ちの少女だ。9月中旬に会ったとき、「チケットはまだ取れていません。抽選販売に漏れてしまって」と話していた。
「これからも何度かチャレンジしてみます。もし、最後まで買えなくても、試合の日にはスタジアムの周辺に行きます。震災でバラバラになって会えなくなった友だちが、自分たちの学校があった場所にできたスタジアムでやる試合なら観ようと思い、やって来るかもしれないので。そこでみんなと会えたら嬉しい」


 大きな帆のような屋根を持つスタジアムは、新しく建った洞口さんの家から見える場所にある。
 自然と溶け合った素敵なフィールド。少女はそれを船にたとえ、キックオフ宣言を「未来への船出」とした。
 震災後、人生が変わったように思っている。
「あの日まで、まさか津波が来るなんて思ってもいませんでした。そして震災後、いろんなことが起きた。(中学2年生の時にラグビー親善大使として)イングランドに行けた。その旅の途中でCA(キャビンアテンダント)になる目標もできました。いろんなことが、津波がなかったら経験できなかったようにも思います。そういったことがこれからもあるかもしれませんが、震災で亡くなった方々の悲しみがあって、自分は成長できていると思います。そのことは絶対に忘れません」
 そんな強い思いを持って迎えるワールドカップは、一度きりだ。
 洞口さんは震災に遭って、明日という日は約束されたものではないと知った。
 考えが変わった。
「以前とは違い、いまチャレンジできることには積極的になろうと思うようになりました」


 4年に一度じゃない。
 一生に一度だ。
 このコピーを書いた吉谷吾郎さん(早大ラグビー部OB)は言った。
 日本でおこなわれるワールドカップは、これっきりなのか?
 そんなことは分からない。そりゃあ、また来てほしいし、何十年後かに、再びおこなわれるかもしれない。
 でも、大会が何回来ようが、一生に一度きりなのだ。その人にとっての、そのときのワールドカップは。


 2019年に開かれる大会を85歳で迎える婆ちゃん。18の少女。それぞれが目や心に焼き付けるものは唯一無二のものだ。
 すべての瞬間は一期一会。



【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。1989年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。
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