コラム

【直江光信コラム】「当たり前」の凄み。

クルセイダーズから相模原へ。ヘイデン・ベッドウェル・カーティス(写真中央/撮影:大賀章好)


■あれほど試合中に冷静な選手もいない。試合をしているのに、まるで練習をやっているような。

当たり前のことを、当たり前にやる。簡単なようで、これがなかなか難しい。

我が高校時代、練習や試合でパスを放った後に、遠くの監督からこんな声がしょっちゅう飛んできた。「自分のパスに見とれとらんで、すぐフォロー!」。時には「いつまでひと休みしよっとか!」。パスした後、タッチライン際のWTBの内側をフォローしてリターンパスをもらえ。そう言われてその通りにしたら、トライが取れた。

ラグビーは、肉体的にも精神的にも極めて強いプレッシャーがかかるスポーツだ。だから、疲れの蓄積する終盤になるとどうしても前に出る一歩の鋭さが鈍りがちになるし、思うようにゲームを進められない時間が続けば、ついチームの約束事から離れて強引なプレーに走ってしまう。普段ならできる「当たり前のこと」が、どんどんできなくなる。

現在の国内のチームで、この部分においてもっとも優れているのが、サントリーサンゴリアスと帝京大学だと思う。グラウンドに立つ15人全員が自分の果たすべき役割を理解し、キックオフからフルタイムまで全力でそれをまっとうする。苦しい状況に追い込まれても、絶対に誰ひとり楽なプレーに逃げない。きっと、厳しく充実した練習を積み重ねているのだろう。

9月9日。秩父宮ラグビー場で、思いがけず「当たり前を当たり前に」のお手本のような選手を目撃した。ヘイデン・ベッドウェル・カーティス。スーパーラグビーで連覇を果たしたクルセイダーズから、今季、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入したフランカーだ。

釜石シーウェイブスとのトップチャレンジリーグ初戦で見せたそのプレーを表現するなら、「堅実」の一言に尽きる。当日の気温は32度超(しかも12:30キックオフ!)。屋根の影に覆われた記者席に座っているだけで汗がしたたる暑さの中、みずからの果たすべき役割をひたすら黙々とこなす。決して目を引くような派手な活躍をするわけではないけれど、ラン、パス、サポート、オーバー、ポジショニング、すべてのプレーのスタンダードが高い。チームにコミットし続ける献身的な姿勢は、80分間を通してまったく揺るがなかった。

前半19分過ぎ、ひとつのシーンが印象に残っている。敵陣22メートルライン付近のスクラムで相手ボールのフリーキックの笛が鳴らされるや、愛称HBCはただちにバック走で10メートル後方の地点まで下がり、次のプレーに備えた。その間、視線はボールを中心に相手の動きをとらえ続けたまま。「ああ、クルセイダーズも同じなのだ」と感心した。27歳、ケガ人の補充でシーズン途中に招集されたところから、ほぼ全員がオールブラックスというFW陣に混じってスーパーラグビーのファイナルに先発した理由が、わかったような気がした。

その5日後。同じ秩父宮ラグビー場で、今度は「当たり前を当たり前に」の化身のようなプレーを目の当たりにした。テストマッチの世界最多得点記録保持者、ニュージーランド代表112キャップ、ワールドラグビーの年間最優秀選手賞に3度輝いたラグビー界の至宝、ダン・カーターである。

神戸製鋼コベルコスティーラーズでのデビュー戦となったトップリーグ第3節のサントリーサンゴリアス戦。試合を見ながら、不思議な感覚を味わった。目まぐるしく攻防が展開する中で、カーターの周辺だけゆっくりと時間が流れているように映る。そして神戸製鋼の選手たちが心地良さそうに、あのサントリーが相手なのにまるでプレッシャーを感じていないかのように、滑らかに連動する。そうか、これがカーターか。取材ノートをつけるのも忘れて、なんだか見とれてしまった。

キックオフ後の最初のプレーで、自陣22メートルラインの内側からカーターが左方向へタッチキックを蹴った。観客席が「おーっ」とどよめく。ただキックを蹴っただけじゃないか。取材者という立場のせいかついひねくれた言葉をつぶやきたくなったが、ほどなくあまりの優雅なプレーぶりに引き込まれた。

一つひとつのプレーがどこまでも正確で、グラウンドの出来事すべてを把握しているような視野を有し、判断が異常に速い。だから当たり前のプレーをするだけでどんどんチームがいい方向に進んでいく。周囲を操りながら、ここという場面では相手ディフェンスのギャップを突いて力強く前進し、タックルでも厳しく体を当てられる。何より、あらゆるプレーの要諦を押さえていながら、まったく力みを感じさせない。これほど当たり前のことを当たり前にできる選手は、たぶん世界中を探しても他にいない。

パナソニックワイルドナイツから移籍し、この日前半13分からピッチに立ったWTB児玉健太郎は、試合後にカーターのプレーをこう評した。

「あれほど試合中に冷静な選手もいない。試合をしているのに、まるで練習をやっているような感じでした」

20点差をつけられた前半23分からケガを押して10番に入り、こちらもワールドクラスのパフォーマンスで試合に緊迫感を蘇らせたサントリーのマット・ギタウは、ワラビーズとオールブラックスのプレーメーカーとして数え切れないほど対峙してきたカーターについて「これまで戦ってきた試合と比べて何か違いはありましたか」と質問されてひと言。

「ジャージー」

どこでどんなジャージーを着ていても、カーターはカーター。超一流の証だ。


【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
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