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上級生を大切に。

荒川博司監督(左/故人)と現在のチームを率いる野上友一監督。(写真/BBM)



 成人式以前のことだった。
 同級生が感に堪えたように言った。
「オレ、先生の下でラグビーができて本当によかった。先生のことは一生忘れへん」
 恩師は常翔学園と校名を変える大阪工大高を強豪に育てた荒川博司。30年前は監督であり、体育教員でもあった。

 この同級生は三年間ずっと補欠だった。それでも部を去らなかった。長野・白馬の夏合宿では延々と続くランパスに耐えた。
 ある日の練習前、荒川は彼と同じように、最上級生になっても公式戦に出られなかった者たちに集合をかけた。

 めったにないことだけに、彼らは怒られるものと思い、身をすくめた。
 ところが、荒川は高校生たちの前で、頭を下げる。
「すまなかった。私の力が足りず、君たちをレギュラーにさせてやることができなかった。許してほしい」
 ベクトルを自分自身の指導力不足に向ける。部員たちの努力はとがめなかった。

 荒川の言葉は同級生たちに感動を呼ぶ。
「オレ、ポジションは獲れへんかったけど、先生の言葉で救われた」
 この時、すでに大阪工大高は全国優勝2回、準優勝1回を成し遂げていた。視力保護のため愛用したサングラス姿などが、ヒットしたテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」の相手校監督のモデルになったりもした。
 その栄光の上に、あぐらをかくことなく、18歳の少年らに詫びる。

 荒川はその後、部長になり、野上友一に監督を任せた。今、全国制覇は2から5回に増える。学制改革で高校の全国大会になった1949年(昭和24)の第28回から数えると、歴代4位タイの記録になる。

 今でも荒川をしのぶ人間は多い。鬼籍に入ったのは2001年3月1日。享年62。その翌年から、旅立った3月に「荒川先生を思い出す日」が始まった。現役、OBらが集まり、縁の深かったチームと試合をする。

 今年は17回目を迎えた。3月4日、教え子の河瀬泰治が監督をつとめる摂南大のグラウンドで開かれる。メインの高校ゲームは常翔学園×高鍋(宮崎)。朝9時から夕方5時まで歓声は途切れなかった。
「こんだけ続いているのんは、荒川先生の遺徳としか言えん」
 感慨深げに話す河瀬は、高3の第57回全国大会(1978年)で、LO主将として大阪工大高に初の栄冠を呼び込んでいる。

 この4〜6月には全国で春季大会があった。入学したての高校生の出場可否は地区によってまちまちだ。フレッシュマンが試合で使えるなら、食指が動くこともあるだろう。彼らはまだ見ぬ可能性を秘めている。
 しかし、上級生がいるにも関わらず、1年生を先発で多く起用したり、ゲームコントロールを任せたりしているのを見ると、指導者の「責任」と「情」を考えてしまう。

 新人はその指導者を知らない。上級生たちは教えを受けている。
 彼らをこの春の時点で、「使えない」のなら、これまでの指導に問題はなかったのか。「スーパー1年生」はそうはいない。何より、部員たちは取り替えの効く機械ではない。

 荒川にあったのは、三年間、自分に従ってきてくれた部員たちに「報いねば」という責任感だった。それが謝辞になり、同級生の胸を打つ。そこには年齢の差や立場の違いはない。ひとりの人間が存在するだけだった。
 指導者は理由を外ではなく、内に求めるべきだ。まずはコーチング能力の至らなさに思いをはせ、書物を読み、人と会い、対話して自らを磨くべきではないだろうか。

 上級生に目を振り向けることは、情、言い換えれば教育的配慮でもある。
 高校は国内でもっともチーム数が多い。
 多くの楕円球への愛情はこの時期に育まれる。花園に出ようが、出まいが、レギュラーになろうが、なるまいが、能力の高低に関係なく、「ここでラグビーをやってよかった」と思わせる。そのための創意工夫を指導者は行い、次のステージに送り出す。

 全国4強経験のある石見智翠館(島根)の監督・安藤哲治は、花園直前にラグビーマガジンに付く大会ガイド(選手名鑑)に3年生を優先的に書き込む。昨年12月には28人全員の名前が載った。
 この刷り物は永遠に残る。未来に出会う他者−配偶者や子供も含め−には、真実の証明と同時に、ささやかな自慢の一品となる。時が経って、試合出場などの野暮な質問をするのは、ラグビーライターくらいのものだ。

 そのような気遣いがなぜ必要なのか。
 それは、この国のラグビーを真に支えているのは、大阪工大高の同級生のような、多くの名もなき経験者たちだからだ。
 多少の挫折はあっても、彼らが三年間を有意義に過ごせば、たとえ上級学校に進まなくとも、ラグビーとのつながりは切らない。
 チケットを買ってスタジアムに来る。スクールの指導員になる。周囲に楕円球をすすめる。競技人口は減らず、人気は落ちない。それは日本ラグビーの隆盛につながっていく。

 ジャパンだけが支えているのではない。トップリーグや強豪大学だけでもない。

 上級生を大切にしてほしい。
 彼ら自身の豊かな人生のためにも。そして、この国のラグビーのためにも…。
(文:鎮 勝也)




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