コラム

【成見宏樹コラム】 そうしないと勝てないからする

U20代表のミーティングの模様。必死にノートに向かう選手たち


■小兵フランカー岡山仙治が、「87.5」とつぶやいた。

 5月1日の温かな朝、同月にはイタリア代表もやってくる菅平高原(長野)の『プチホテル・ゾンタック』前の芝生フィールドには、所定の時間が近づいても、練習の始まる気配がなかった。
 
 5月30日に20歳以下の世界大会で初戦を迎えるU20日本代表。『ワールドラグビーU20 チャンピオンシップ』に向け国内最終合宿となったTIDキャンプ(U20)が、4月28日から5月6日まで行われていた。
 
 試合前の選手のような表情で最初に表われたのは、スピードコーチとも呼ばれる里(さと)大輔S&Cコーチ。トレーニング器具をていねいに並べていく。まだ選手たちを迎える準備をしているところだった。

 きけば2時間の練習のうち、初めの30分以上がミーティングに充てられるという。体をフルで動かすのは終盤の50分間のみ。この日は特に負荷の軽いプログラムだった。

 体を追い込む第1クールと、戦術を浸透させる第2クール。取材日はその橋渡しとなるパーツで、かえって合宿の特徴が浮き彫りになっていた。合宿の濃度を高めようとする指導スタッフと選手たちの意志がうかがえた。
 
 本番の遠征メンバーそのものといっていい29人のスコッド(1名は練習生として参加)。
 ミーティングは、遠藤哲HCのハイテンポなプレゼンテーションで進んでいく。めざすラグビーと合宿の目的の確認(いったい何度目の確認か)、きょうの練習の位置づけ、やる中身。ひと通りポイントをつかんだら、リハーサルへ。進行は里コーチへ手渡され、同じ室内で、歩きのスピードで、きょうの練習のキーとなる体の使い方が「おさらい」される。
「この動きを意識すると、こちらの動きが欠損しがち――それはもうみんな分かっているはず。ピッチに出たら、そこに先手を打って取り切るように」

 U17から始まるユース強化には、一貫した独自の身体操作の方法論がある。実際の試合の、後半の20分になってもそれを発揮できるように、細かいチェックが練習から施されていた。まずは、練習の一番はじめの1分から、実戦でそれが使えるか。小さきものが大きく速い相手を倒すための技術が、一つひとつ選手の体に定着していくようだった。

 広い正グラウンドではなく、あえて小さなフィールドで行われたセッションは、予定通り50分ほどで終了した。分刻みでメニューが展開していく。FW、BKそれぞれの戦術を徹底して反復、チェックしていた。

 フィールドのメニューが締まると選手たちはアイスバスに入り(氷水に入る冷たさに耐える)、プールでのエクササイズまでを里コーチがしっかりフォローして練習おしまい。
 
 遠藤ヘッドコーチには、細部にこだわる理由がある。

「去年までのU20トロフィーから昇格して、今年はU20チャンピオンシップ。昨年はOKでも、『この舞台では許されないプレー』がある。私達がやるべきラグビーに求められるものが、より厳密になる。そこをクリアするためには、やはり、きょうのような練習になります。われわれコーチ陣が細かいことが好きだからやっているんじゃない。そうしないと勝てないからやるんです」

 お昼休み。
 
 雰囲気はリラックス・タイムに見えるランチにも、強化の徹底は設えられている。ビュッフェ方式で選手たちが自分でよそってきた食事は、一般人の3,4倍はある盛りのごはんとおかず。中央のテーブルには数えきれない副菜が並ぶ。
 
「食の反応がいい」と選手たちに感心するのは、ホテルスタッフで厨房を担当する佐久間康晴さん。「管理栄養士さんが来たら、その日から、皆さんの食べるものが変わった」。ハードな練習の中でも、より内容のあるものを食べようという意識の表れだろう。

 身長167センチの小兵フランカー、練習後のケアをしっかりして体重計に乗った岡山仙治(天理大)が、「87.5」とつぶやいた。

「練習後に、体重が2.5キロ落ちていたこともあるんです。しんどい時ほど、食べないと」

 チームも個々も、そうしないと勝てないからする。その必然性が初戦5月30日のニュージーランド戦に向かって積み上がっていく。

 U20日本代表28選手と9人のスタッフは、5月16日にアイルランドでの直前合宿のため、成田を発つ予定だ。

※U20代表の予定、メンバーなど日本協会のリリースはこちら

歩きのスピード、ボールなし からムーブの確認。ステップの仕方やタイミングはユース独自のもの

ランチタイム。左は、選手にとけ込み栄養面のサポートをする ザバス(明治)の有光さん

ビュッフェのテーブルに並んだ副菜のごくごく一部。施設側に求められるレベルも高い!

【筆者プロフィール】
成見宏樹(なるみ・ひろき)
1972年生まれ。筑波大学体育専門学群卒業後、1995年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務、週刊サッカーマガジン編集部勤務、ラグビーマガジン編集部勤務(8年ぶり2回目)、ソフトテニスマガジン編集長を経て、2017年からラグビーマガジン編集部(4年ぶり3回目)、編集次長。
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