コラム

【向 風見也コラム】8強、4強に値する仕事

撮影/松本かおり

■日本代表がワールドカップで8強、4強を目指すなら、我々メディアも8強、4強にふさわしいメディアかどうかを自問自答しなければ

 2015年のワールドカップイングランド大会で歴史的3勝を果たした日本代表には、チームを束ねるジグゾーパズルがあった。

 試合への準備が心身両面で整った選手、スタッフから順に1ピースずつ埋め込んでゆき、リーチ マイケル主将が最後の一枚を置けば「JAPAN WAY」と描かれた一枚の絵が完成する。皆が不安なく決戦に挑むための仕掛けだったが、落とし穴はあった。

 それに気づいたのは、日本人で初めて国際リーグのスーパーラグビーを経験した当時30歳の田中史朗だった。

「なくしそうだから置くというのは、なしやからな! ちゃんと準備ができてから置かないと、意味、ないから!」

 年長者がまっすぐな言葉で注意を促す様子に安堵していたのは、当時22歳の松島幸太朗だった。ジンバブエ人の父を持つ若きランナーは、ラグビーブームの只中だった日本へ戻ると「なくしそうだから…」の件をこう振り返ったものだ。

「僕も、ああそうだなという考えになりました。実際にそういうこと(なくしそうだから早めにパズルを置こういう考え)をポロリと言ってしまう人もいたので、そういう人には(田中の発言は)ぐさりと刺さったかな、と思います」

 10代で海外挑戦をしていた松島は、いつだって抑揚の少ない言葉で事象のツボを押さえる。互いの関係性の深さから田中にあえて敬称をつけず、自らの立ち位置についてこうも語る。

「僕も(なくさないよう早めにパズルを置こうという仲間の言葉を)聞いた瞬間はそれってどうなの、という考えにもなりましたけど、それを22歳の僕が言ってどう思われるか。若手が何を言っているんだという人も出てきたかもしれないです。ただ、田中史朗のような人が言ったほうが人はついてくる」

 日本でのワールドカップを翌年に控えた2018年。すっかり日本代表の主軸格となった松島と記者とのやりとりが、ラグビーファンの間で話題となっている。

 詳細は、スポーツライターの多羅正崇さんが『ラグビーリパブリック』に書いた『「自分の成長につなげたい」。松島幸太朗にまだあった成長の余地。』(リンク)という記事に詳しい。

 時系列を辿れば以下の通り。読者が気になったのは「5」から「7」にかけての談話部分だろう。

1、スーパーラグビーに日本から参戦3季目で今シーズン未勝利のサンウルブズは、4月14日、東京・秩父宮ラグビー場で今季そこまで1勝のブルーズと第9節をおこなった。

2、この試合でサンウルブズは前半を10―5とリードも、後半10分に右大外のスペースを破られ10―12と勝ち越される。WTBのセミシ・マシレワがインターセプトを狙った背後へパスを通されたことで、相手ランナーの加速力が増幅。最後尾のFBで先発した松島がカバーに回るも、タックルは弾かれた。

3、直後の12分、ジョセフは松島をSOのヘイデン・パーカーに交代。本来SOだった田村優がFBに入った。松島の途中交替は今季出場の4試合で初めてだった。

4、続く15分、またも右サイドのスペースを破られ10―19と点差を広げられた。19分、田村はCTBが本職のウィリアム・トゥポウと交替。国内リーグでFBを務める先発WTBのマシレワがFBに回るなど、この試合2度目となる大幅なポジションチェンジがなされた。結局、10―24のスコアで開幕7連敗を喫した(休止したバイウィークを挟む)。

5、ジョセフは試合後、スタジアム隣の建物で会見。2番目に質問権を得た記者から、松島交代の理由を問われる。佐藤秀典さんの通訳を介し、「松島を下げた理由はタックルミスが非常に多かったということ。この3週間(過去の試合)のなかで特に顕著に表れていたのが、1対1のタックルをミスすると失点に繋がって、どんどんゲームの展開が悪循環になっていって…ということ。タックルをできない選手は変更せざるをえない状況に追い込まれています」と回答した。

6、一方、メインスタンド下の取材エリアに現れた松島は、自身を取り囲む記者団の1人から「途中で交替を命じられた時の気持ち」を聞かれて「僕はよく分からなかったですね。ベンチに帰っても『どうしたの』という感じだったので。ジェイミーに聞いてみないと分からないですね」と答えた(この共同取材を終始カバーしていた多羅さんによれば、この質問は「5つ目」で、それ以前に交代のことを聞く記者はいなかった)。

7、取材中、松島は「ジョセフの言うようにタックルを外された感覚があったか」という趣旨の質問をぶつけられて「あります」と返事。さらに、「それを外してしまったのも僕の責任ですけど、それで替えられるのであれば(自分は)そこまで必要じゃないのかな、という気持ちです」と続けた。

8、最後の質問は「あなたはこのままでは終わりたくないと思っているはずですが、これからチームにどう関わってゆきますか」で、松島は「まずは替えられたということをしっかり話して、どこが悪かったというのかというのを話して、自分の成長に繋げたいなと思います」と返答した。

 試合で途中交代を命じられた主軸がその交代に異を唱えることは、決して珍しくない。

 まして、松島がこの取材を受けたのは試合後にシャワーを浴びた直後のことだ。いくら感情の起伏を表に出さないとされるこの人でも、質問内容などによってはやや極端な物言いになるのも無理からぬことだ。

 むしろ、他にあったやり取りでは、前方の防御ラインに綻びが生じていたことを前提に「こういうディフェンスシステム(サンウルブズが大枠で採用する、ラインが鋭く飛び出す戦法)だとFBのポジションは1対1が増える。そこを自分的にはしっかり止めたいという気持ちはありますけど、こういうレベルになってくると簡単には止められない」。仮に松島の心中に怒りがあったとしても、態度が潔かったのも確かだった。

 それに、試合直後の発言がその時々の感情に傾きうるのは、コーチャーズボックスに座っている指揮官も同じだ。上記「2」から「4」の経緯を会見でやや執拗に聞かれたジョセフも、途中まで質問者に向けていた視線をそらし「それは、ヘイデン・パーカー(松島に代わって投入したスタンドオフ)が優秀な選手だったためです」と話を止めている。

 起用する側、される側が各々の仕事へプライドを持っていて、2人が話したのが敗れて間もないタイミングだったという事情を酌めば、「1」から「8」の事象はさほど大きな出来事ではない。現場で両者を取材した筆者も、グラウンドを去ってから振り返れば「あれは、ラグビーあるあるだ」と考えられなくもなかった。

 ところが多くのメディアは、取材した直後からコンテンツ(記事やニュース動画)の制作に入る。しかもサンウルブズの連敗に伴って記事や放送枠は目減りしており、「1」から「8」を詳細に紐解く余裕を与えられていない。

 結局、この件を限られた文字量の記事で知った読者は、「5」にあるジョセフの発言の一部と「7」にあった松島の「(自分は)そこまで必要じゃないのかな」という思いに触れて不穏な空気を感じ取ったり、愛するチームに関するややネガティブなリポートが公開されたこと自体に憤ったりしているのだろう。

 誰にも罪はない。再発防止策には「サンウルブズや日本代表の勝利などによってメディアの扱い枠の拡張を待つ」「読者、視聴者に主体的に情報を集めていただく」が挙げられそうだが、これらは誰かに強要できる話ではない。

 と、ここまで記したうえで謝罪しなければならない点は、筆者のこの件に関する報じ方についてだ。

 筆者は『Yahoo! ニュース個人』のページ上で、『サンウルブズ7連敗。突然の交代、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチが説明。【ラグビー旬な一問一答】』という形でジョセフの交代に関する談話を、『サンウルブズ松島幸太朗、「交代→7連敗」に何を思ったか。【ラグビー旬な一問一答】』という形で松島の返答をそれぞれ紹介した。御覧いただいた方はお気づきかもしれないが、ここで松島の談話を構成する際、ある手心を加えてしまっている。

 具体的には、上記「7」にあった「それを外してしまったのも僕の責任ですけど、それで替えられるのであれば(自分は)そこまで必要じゃないのかな、という気持ちです」というフレーズを「それを外してしまったのも僕の責任で、それが理由で外されてしまう(交代する)のなら…と思います」と編集した。話の要点になりうる「そこまで必要じゃないのかな」の部分を割愛したのである。

 ブルーズ戦で振るったタクトからもわかる通り、ジョセフは普段こそ温厚だが指導者としては懲罰交代も辞さない厳格さを持っている。また、しばし報道陣に「皆さんが〇〇選手へ期待しているのはわかりかますが」と釘を刺すなど、メディアの論調や選手の談話への敏感さでも知られている。

 これ以外の件を含めた取材成果も鑑みたうえで、筆者は懸念を拭えずにいたのである。

 取材エリアでの肉声を簡潔に伝える「一問一答」という形式の記事で「必要とされてないのかな」を載せるのはあまりにハイリスクだ、と。

 もちろん、これを何かの言い訳にするつもりは一切ない。これを忖度と取る方がおられることは否定できないし、客観報道に至らなかった点もただただお詫びするのみだ。何より、時間をかけて背景情報を網羅した多羅さんのリポートのような記事を書くことも決して不可能ではなかったのに、そこまでの苦労は背負わなかった。

「日本代表がワールドカップで8強、4強を目指すなら、我々メディアも8強、4強にふさわしいメディアかどうかを自問自答しなければ」

 取材エリアでの発言が独り歩きしていたタイミングで、別な同業者がつぶやいた言葉だ。

 日本代表がワールドカップでの上位進出が義務付けられている国であれば、この手の出来事は当事者さえも「よくあること」として処分できるかもしれない。その時に筆者は果たして、「自身も8強、4強の質に追いつけるか否か」という視点で仕事にあたれているかどうか。対象者との距離感や関係性を慮ると同時に考えるべき要素を、ひとつ、見つけることができた。

 2019年10月、ラグビー日本代表の宿舎内。ワールドカップ日本大会の決勝トーナメント進出を占う予選プール最終戦を間近に控え、松島があの日のジグゾーパズルの核心を突いたような意志を表明する。結果としてチームは結束し、無事にノルマを達成。大会後の取材時、本人が「2018年のブルーズ戦で替えられたというのは、僕にとって大きかったかもしれないです」と淡々と話す…。

 この一件の最も理想的な着地点は、例えばこのような形だろうか。来るべきその時までに、取材者として急ピッチで力をつけねばなるまい。

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。
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