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リオ五輪出場にすべてを賭ける! はい上がってきた三木亮平

 3月24日に37歳になる三木亮平はたった一人でトレーニングを続けている。
 理由はただ一つ。来年2016年8月のリオデジャネイロ・オリンピックに7人制日本代表(セブンズ)として出場するためだ。

 早生まれのため、今年2015年の第8回ワールドカップ(W杯)第一次候補選手の最年長、LO大野均(東芝)の1学年上になる。
 昨年、セブンズに返り咲いた。ワールドシリーズはオーストラリア、南アフリカ、ドバイに帯同する。初のセブンズ入りは龍谷大学3年の1998年。16年の歳月が流れる。
 15人制では1999年の第4回W杯にWTBとして参加。キャップ9を持っている。

 現在身を寄せるチームはない。無所属である。定職もあえて持たない。ラグビーに集中している。生活費はこれまでの預貯金だ。
「肩書のないことに誇りを持っています。こういう状況でもやれるということを証明したい。それに今は自由ですから」
 ただし意固地ではない。
「必要としてくれるチームがあるなら、よろこんで協力させてもらいます」

 トレーニングのサイクルは3勤1休。1日2時間だ。2部練習をこなす日もある。ただし詰め込みはしない。
 1日目はショートダッシュなどのスピード系、2日目はミット打ちなどのフィットネス系、3日目は下半身のウエイトトレなど、持ち味のストライドの広いステップ強化に励む。
 定期的に休日を入れたり、パーソナルトレーナーに時折ついてもらう理由はある。
「適度に休まないと回復が遅れます。それにオーバーワークになっているかどうかは自分では分からない。外から見てもらわないと」

 主な野外での活動場所はJR京都駅近くの梅小路公園だ。京都水族館が完成した観光の名所。三木は黒い前かごのついた自転車、通称ママチャリでやってくる。
 デコボコで、ところどころはげた薄黄色の芝生を気にせず走る。187センチの長身のトレーニングは一際目立つ。横を遠足に来た幼稚園児が通る。自然に場所を譲る。
「子どもは見ていると楽しい。周りに人がいないより、活気があった方がいいですから」
 グラウンドの地面とは別に、食事には気を遣う。ラーメンと鶏の唐揚げのセットは断る。なじみの店で8つの小皿が載る定食を食べる。栄養士のチェックは済ませている。
「余分な脂質は抑えるようにしています。バランスよく摂取することを心がけています」
 体脂肪は7%を記録した時期もある。

 三木は京都学園高校から龍谷大に進んだ。ほぼプロ選手として、トヨタ自動車、ワールド(クラブチーム・六甲ファイティングブルに移行)、Honda、三洋電機(現パナソニック)と4チームを渡り歩いた。2011年度シーズンで一度現役引退をする。
 2012年には同志社大学大学院のマスター(修士)コースに入学。昨年3月、卒業する。修士論文のテーマは「企業スポーツにおける望ましい雇用環境―ラグビートップリーグの視点から」。A4版60ページを費やした。

 もう一度、選手としてラグビーと向き合う決心をしたのは大学院2年目の2013年。母校・龍谷大学のコーチをした時だった。
「コーチはプレーを分解して噛み砕いて教えなければなりません。その中で選手時代にはなかった発見があった。技術であったり体の使い方であったり。この状況で体が動けば、現役の時よりいいプレーができるんじゃないかな、と思ったのが発端です」
 修士論文を書き終えた昨年1月上旬から本格的なトレーニングを開始した。やがて練習生扱いでのセブンズ参加が認められる。そして、ヘッドコーチ・瀬川智広の判断で代表復帰がなされた。
「瀬川さんにはものすごく感謝しています」
 20代にセブンズ監督だった本城和彦からかけられた言葉を忘れない。
「練習生からよくはい上がったなあ」
 過去の実績を捨て、年齢を顧みずに挑む元代表の姿に本城は心を打たれた。
 三木は言う。
「結果に執着はありません。もちろんいい結果が出るにこしたことはない。でもそれ以上に真剣に取り組むことに意義があると思っています」

 今の三木はゆったりしている。迫らない。
 失礼にも「美木良介君」と言い間違う。
「違います。『りょうすけ』ではありません。『りょうへい』です。ロングブレスダイエットはやってないですから」
 関西人が持つ笑いで相手をくるむ。
 プロ野球、阪神タイガースで現役時代は外野手で中軸を打ち、63歳の現在はスカウト部長の佐野仙好(のりよし)は話す。
「野球でもギャンブルでも勝負事は何でも、最後は余裕のあるヤツが勝つんだよ。それがないと大事なところで足が震え、手が縮こまる。判断を誤る。びびっちゃうんだよな」
 ユーモアは余裕の表れ。先行きは明るい。
 セブンズの前後半14分を走り切るフィットネスは戻った。今はダッシュを重ねスピードの回復に重点を置く。
 残された月日は約17か月。三木はその期間にこれまでの人生すべてを賭ける。
(文:鎮 勝也)


【筆者プロフィール】
鎮 勝也(しずめ・かつや) スポーツライター。1966年生まれ。大阪府吹田市出身。6歳から大阪ラグビースクールでラグビーを始める。大阪府立摂津高校、立命館大学を卒業。在阪スポーツ新聞2社で内勤、外勤記者をつとめ、フリーになる。プロ、アマ野球とラグビーを中心に取材。著書に「花園が燃えた日」(論創社)、「伝説の剛速球投手 君は山口高志を見たか」(講談社)がある。
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