女子

兄は晃征。小野ゆき(ながとブルーエンジェルス)、日本での生活を楽しむ。

兄・晃征、姉・メアリとの3兄姉(写真中央)。おもにSHでプレーする。(撮影/松本かおり)



 最後の試合を終えてピッチの外に出ると、遠くから応援に来てくれた人たちが選手たちを囲んでいた。
 4月29日、30日に秩父宮ラグビー場で開催された太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2018の第1戦・東京大会。昨秋発足し、シリーズ初参加となった『ながとブルーエンジェルス』は今大会を1日目=1勝1敗1引き分け、2日目=3敗という成績で終えた(12チーム中8位)。
 厳しい現実を知った選手たち。
 しかし、地元の人たちが応援に駆けつけたり、同地から世界に出た元日本代表が観戦に来たり、サポーターたちの熱をあらためて感じられた2日間でもあった。

 試合後、応援者たちと触れ合う選手たちの中に、背番号7の姿も見えた。
 年配の男性、女性と笑顔で話し、何枚も写真を撮った後、輪がとけると言った。
「いつも良くしてくれる人たちです。日本のおじいちゃん、おばあちゃんと思っているんです」
 小野ゆきは、ニュージーランドからやって来た。
 兄は2015年のワールドカップで南アフリカを破った日本代表の背番号10、サントリーの小野晃征。日本での生活を楽しんでいる。

 クライストチャーチ生まれの25歳。ラグビーは21歳になってから始めた。
 それまではタッチラグビーをプレーし、U21ニュージーランド代表に選ばれたこともある。ネットボールも楽しんでいた。
 ラグビーに転向してからはサバーブス・エンジェルスに所属し、カンタベリー地区のセブンズ代表に選出された。カンタベリー大を卒業後、オークランドのローズヒルカレッジで体育の先生に。同時にカウンティーズ・マヌカウ地区の15人制、7人制の両代表として活躍していた。

 そんな充実していた生活を送りながらも、ある思いを抱いていたから、いま山口県に住んでいる。
 19歳のときにクライストチャーチを離れ、サニックス(現・宗像サニックス)、ジャパン、サントリーで充実した日々を送った兄。
「私も、コス(兄)のように、日本でラグビーができたらいいな。そう思っていました」
 15人制、7人制とも世界トップクラスのニュージーランドの女子ラグビー。しかし、選手たちがアスリートとして恵まれた環境にあるかといえば、そんなことはない。
 五輪競技となったおかげで7人制のトップ選手たちはニュージーランド協会との契約を得られるが、わずかな人数。15人制に関しても、一部の選手たちが同協会と契約できるようになったのは最近のことだ。
 だから、日本の環境がまぶしく見えていた。

 現在はチームを運営する一般財団法人 ながとスポーツ財団に所属し、ラグビーを生業として暮らしている。
「地元の人たちは本当に優しい。ジャージーを着て町のカフェにいると、ブルーエンジェルスの人でしょ、頑張ってよ、と声をかけてくれます」
 静かで、あったかい人たちのいる長門での生活を気に入っている。
 ニュージーランドでは、女子セブンズの大きな大会は少ない。国を北部と中部、南部に分けたそれぞれの地域でのものと、その3地域の上位チームが集まって戦う全国大会だけ。太陽生命シリーズのように、トップチーム、トップ選手が4大会を転戦するようなものはなかったから、いまシアワセだ。
「こんな立派なスタジアムで、多くのファンも見てくれている中でプレーできて気持ち良かった」

 大会を振り返って言った。
「ニュージーランドのインターナショナルで活躍していた選手たちもいる中で、日本の選手たちの元気、パワーをすごく感じました。今回は、それにビックリしたので、切り替えてこれからの3大会に行きたいですね」
 山口・長門を拠点に、秋田、静岡(裾野)、三重(鈴鹿)と続く旅。
 両親の故郷での生活をエンジョイ中。







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