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V9へ伸びた腕。帝京大のブロディ・マクカラン、異国日本で描く夢。


激闘となった大学選手権決勝後、明大の選手と握手するブロディ・マクカラン(撮影:松本かおり)

 2018年1月7日、東京・秩父宮ラグビー場。日本楕円球界の大学選手権の決勝戦は、クライマックスを迎えていた。

 試合終盤、得点板は「21−20」と光る。9連覇に向けわずか1点リードを守る帝京大は、敵陣ゴール前で攻めるさなかにペナルティを取られる。21季ぶりの王座を狙う明大が、最後の反撃に出る。

 そしてロスタイム突入後の後半42分。帝京大の堀越康介主将が、接点上でのプレーを妨害行為と見なされた。10分間の一時退場処分を受ける。事実上のレッドカードだ。

 敵陣中盤左から、明大がラインアウトからの攻撃を始める。同10メートル線付近右へ進む。

 一転してピンチを迎えた王者にあって、目を見開いたのがブロディ・マクカランだ。

「ラストプレー。最後は、エネルギーゼロでした。ただ14人になって、そこから、もう1回、エネルギーを作った。(明大に対して)壁になれるように」

 突っ込んできたランナーを待ち構え、目の前にできた肉弾戦へ長い腕を伸ばす。球へ絡む。

「ノット・リリース・ザ・ボール!」

 麻生彰久レフリーが、明大の選手が寝たままボールを手放さない反則を犯したと判定。帝京大の竹山晃暉が球を右タッチラインの外へ蹴り出し、願いを叶える。

 ノーサイドの笛を聞き、金髪の背番号7は破顔した。

「明大はボールキープがうまいです。ずっとそのままにしていたら、危ない。チャンスがあったら、絶対にボールを…と」

 身長192センチ、体重106キロ。1年時より8キロも大きくなったが、運動量と手先の器用さといった長所は失わない。

「皆、ハードワークしている。自分も走る勝負をしたい。相手をヘロヘロにしたい。グラウンド(に寝たままの状態)は、意味、ないです」

 母国ニュージーランドのトコロア出身で、5歳の頃にサザンユナイテッドでラグビーを始める。ハミルトン・ボーイズ高校卒業後は、大工などをしながら地元クラブでプレーしてきた。

 転機が訪れたのは、2015年。「自分のラグビースキルを高められる」からと、当時の帝京大にいたグレッグ・スミス コーチの勧めを受け来日した。明るい性格と献身的なパフォーマンスですぐに信頼をつかみ、春先には通訳を介してのインタビューで「ずっと日本に残りたい気持ちもある。できれば日本代表になりたいです」と答えた。

「ファーストインタビューは、1年生の時。日本語は全然、できなかったです」

 いまはずいぶんと語学力を伸ばし、当時のことを自分の言葉でこう話す。チームではリーダー候補の1人に掲げられ、岩出雅之監督は昨秋の段階で「日本語をしゃべれるといっても、日本人の気質や歴史的背景なども勉強しないと。もちろん、それができそうだから言っているんですよ。そこを超えたら、主将候補」。学生同士で決める船頭役へ推される可能性を踏まえ、あえて宿題を課していた。
 
 当の本人も自覚を持っていそうで、リーダーに必要なことをこう明かす。

「自分で、やる。皆にやらせていては、信頼されないです。痛い、しんどいプレーを自分からやる。言葉は、他のメンバーも話します」

 今季は弟のニコラスも入学し、決勝戦ではインサイドCTBとして先発。得点につながる突破を繰り出したが、序盤は相手の激しいタックルを食らうなどやや苦しんだか。兄は笑って「弟に緊張があったのも知っています。ただ、1年生だとかは関係ない」と話す。あえて突き放す。

「ベストを出せ、って。家族には、厳しいからね」

 自身が弟と同じ立場の時に話していた「できれば日本代表に」という思いは、いまも抱き続けている。

「最初はオールブラックス(ニュージーランド代表)の夢を見ていました。ただ、ワールドカップに行きたい。日本人になって、ワールドカップに行きたいです」

 今後も、この日のような苦しい局面で「しんどいプレーを自分からやる」。国際舞台まで駆け上がりたい。
(文:向 風見也)

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