ラグリパWest! 関西「生」情報もいくで。

天理大、春の連勝続く。

順調に強化を進める天理大。写真はCTB野田涼太。(撮影/YOSHIO ENOMOTO)



「今年のテンダイは強いでえ」
 関西のラグビーファンはつぶやく。
 漆黒ジャージーの天理大学。
 6月10日、神戸で大学選手権最多優勝15回を誇る早稲田大を59−14と圧倒した。春のオープン戦を6連勝とする。

 関西学院大は春季大会などで2戦して2敗(14−55、12−94)した。
 監督・牟田至は感想を述べる。
「全部いいですよ。特にスピード。バックスリーはそのままトップリーグでもやれると思います。フォワードもよく走ります」

 サントリーのFBとして6年間プレーをした牟田の目は、自然と後ろ側に行く。
 両WTBは中野豪(常翔啓光C)と久保直人(天理C)。FBは前田翼(大産大附C)、立見聡明(明和県央B)の2人だった。
 久保は1年からレギュラーで、速さは学生屈指。前田は昨年、7人制日本代表入りの可能性を秘めたSDSに参加した。

 久保は最終学年でも速度を上昇させる。理由はウエイトトレーニングに見出す。
「山下さんがクレージーって感じです」
 体作り担当のS&Cコーチ、栗田興司、山下大輔、鈴木智辰の3人が部員を追い込む。
 早稲田大戦に先発したHO内山友貴(石見智翠館C)は風景を描写する。
「ウエイトルームは『うぉー』っていう叫び声がそこらじゅうで上がっています」
 バーベルやマシンと真剣に向き合う。

 今年から、レギュラーが入るAスコッドは、木曜日の練習をウエイトトレのみにした。
「部員が増えて150人になって、効率を考えたらこうなりました」
 監督・小松節夫はこともなげに話すが、うわさは他大学に飛ぶ。牟田の耳に入る。
「私が聞いたのは『吐きながらやってる』と。それを小松さんに聞いたら、『そこまでやってへんよ』と笑っておられましたが…」

 近畿大の総監督・中島茂は分析する。
「あのフィジカル。上半身はぶ厚く、下半身はどっしりしている。身長は低くても、ずんぐりしていて、みんな強いですな」
 指導歴47年と関西リーグでは最古参の中島の指摘する体つきは、168センチ、97キロの内山にも表れる。
「フロントローは特にスクワットを厳しく言われています。僕は、最初はそんなに好きではなく、120キロくらいしか上がりませんでした。でも今は180キロまできました」
 足腰の鍛錬は懸案のスクラムに直結する。

 今年、フロントロー6人が卒業で抜けた。
 PRは水野健(豊田織機)、赤平勇人(Honda)、木津悠輔(トヨタ自動車)、西川和眞(NTTドコモ)、HOは藤浪輝人(Honda)、谷井連太郎(大阪府警)だ。
 弱体化が予想されたのに、早稲田大戦では後半37分に認定トライを奪う。

 要因のひとつはより厳しくなったスクラム練習だ。待ち時間がなくなる。Aスコッドはユニット3つで構成され、2つが組み、1つが待機する。5、6本組むと交替する。この時、水入れをなくし、1つはぶっ通しで10本以上組ませられる。強度は上がる。FWコーチの岡田明久はそれ以外の効果も口にする。
「待ってるチームはそこで話し合いをする。これはゲームにも通じるんやな。短い時間での修正につながってくる」
 岡田は小松の天理高時代の同級生。明治大、ワールドでプロップとして活躍した。

 スクラムだけではない。牟田は言う。
「プロップでもしっかりディフェンスができてます。前にどんどん出てくる」
 内側から押し上げるシステムは確立される。6試合の平均失点は14。相手を2トライ以下に抑える。早稲田大戦でゲームキャプテンだったLO由良祥一(大産大附C)は話す。
「ウチはディフェンスからゲームを作るチーム。それができたら試合に出してもらえます。だからアタックディフェンスはケンカするくらい熱くなる。ホールドって言ってるのに、僕も下にタックルに行ったりします」
 試合形式での粗っぽさは白星につながる。7連覇当時の神戸製鋼も同じだった。

 さらに早稲田大戦は「8人落ち」だった。
 U20世界大会に、PR谷口祐一郎(東海大仰星A)、FL岡山仙治(石見智翠館B)、FLアシペリ・モアラ(日本航空石川@)、SH藤原忍(日本航空石川A)、CTBシオサイア・フィフィタ(日本航空石川A)の5人を派遣。
 教育実習でPR加藤滉紫(専大松戸C)、HO島根一磨(天理C=主将)、CTB池永玄太郎(上宮太子C=副将)を欠いていた。

 日本代表キャップ2を持つNO8ファウルア・マキシ(トンガカレッジC)は早稲田大戦の後半17分、トライを挙げる。今年4月にはNDSニュージーランド遠征に参加。ハイランダーズAなど全3試合に出場した。
 他校がうらやむ層の厚さがある。

 天理大の関西リーグ優勝は9回。今年、頂点に立てば3度目の3連覇を達成する(1973〜1975年、2010〜2012年に続く)。
 大学選手権出場は26回だ。7年前の48回大会では初の決勝進出。帝京大に12−15で敗れるも、日本代表CTBの立川理道(クボタ)が主将としてチームをけん引した。
 1963年(昭和38)年の関西リーグ結成以降、天理大を超えるのは同志社大のみ。32回優勝、9連覇、選手権優勝3。1925年(大正14)創部のチームはそれに次ぐ。

 小松が日新製鋼を辞め、コーチとして天理の地に戻ったのは1993年だった。当時チームはCリーグ(三部)だった。1995年に監督に就任する。指導に携わって今年で26年目に入った。円熟味は増す。
「関西では3連覇をしっかりやって、その上での日本一を目指します」
 普段は控えめな小松の言葉に、手ごたえがにじんでいた。
(文:鎮 勝也)




srRMワールドカップ2019ラグリパcolumn2