コラム

【小林深緑郎コラム】2019年W杯に日本流『ノーサイド・リボーン』プロジェクト提言を

(撮影:長尾亜紀)

■『NO SIDE』はいつ頃まで使われていたのだろう。時代の変化が、この難問に答えを与えてくれようとしている

 ラグビーの試合終了を意味する『ノーサイド(NO SIDE)』とは一体何なのか? どこから来て、何を起源とする用語なのだろうか。わずか2語の英語。極めて情報量は乏しい。ところが、わが日本ラグビー界の先人の知恵者は、『NO SIDE』の意味・解釈に推理を働かせ、そこにラグビー・フットボールの特色たる礼節の機微に通じたストーリーを描いて解釈に深みを加えた。

 それが、日本のラグビーサークル全般に浸透し親しまれている、『ノーサイド(NO SIDE)』の意味、「レフリーの試合終了を告げるホイッスルの合図と同時に、敵側と味方側のサイド(側)がなくなり、ノーサイドを迎える。それ以後、プレヤーの全員が試合中の激しい戦いを忘れて、互いに友情を育む時間を迎える」、という説明は美的である。

 足を引っ張るつもりはまったくないが、僕が調べてきた範囲では、『ノーサイド(NO SIDE)』には、試合終了の意味しかない。それも、少し古い時代の専門用語であって、それ以上の意味、つまり「ホイッスルの合図と同時に、敵と味方のサイドが無くなる……」の部分を紹介した海外の原典は、まだ見つけられていない。要するに、この部分は日本だけで語られている解釈の可能性が高いのだが、対立を調和に切り替えるストーリー展開を僕も気に入ってはいる。

 おまけに、近頃ではラグビーと関係のない場所でも、意見の相違や対立のあるグループ同士が、別件では手を携える必要のある時に、『いったんノーサイドにして……』というように使われることがあるらしく、ラグビー発祥の知恵が和平構築のツールになっていることには注目している。

 ラグビーワールドカップ2019では、こうして広く浸透している日本流『ノーサイド』精神を、試合終了の呼称として復活させて、さらに日本的解釈を加味して世界に広め、『NO SIDE REBORN』プロジェクトと銘打って『ワールドラグビー』に提案する価値はあると思っている。

 それはともかく、世界一般の『NO SIDE』の説明として、僕が目にした唯一の資料を見てもらおう。書名は『世界ラグビー百科事典 “THE ENCYCLOPEDIA OF WORLD RUGBY” 』Keith Quinn. 1991 Shoal Bay Press, New Zealand 著者のキース・クイン(1946年生まれ)は博識で知られたニュージーランドのテレビ・ブロードキャスター。1971年から40年以上ラジオ・テレビでラグビー試合を実況し、日本では東京セブンズの実況を担当した。著書は15冊。放送からは引退したがまだ健在である。

NO SIDE(ノーサイド)

『A somewhat archaic term, meaning the end of the match. It first came as a reply to the question asked at every scrum or lineout as to which side would have the ball to resume play. If the referee said"no side! " he was really saying  "no side will put the ball in (because it is the end of the game) "』
『試合終了を意味する古風な用語。スクラムやラインアウトで試合を再開する際に、どちらがボールの投入側か尋ねられた場合の答えとして出来。もしもレフリーが”ノーサイド!”と答えたなら、ボールの投入はどちらの側でもない(なぜなら試合が終わったからである)』
 
 いま、英語のラグビー実況放送では、試合終了を「フルタイム」と言っている。1980年代後半と思うが、テレビ中継の副音声を聞けるようになった頃から、海外のラグビー中継で「ノーサイド」と言ったのを聞いた覚えがない。それでは、『NO SIDE』はいつ頃まで使われていたのだろう。時代の変化が、この難問に答えを与えてくれようとしている。

 先日、”YouTube”に、相当な数の1960~80年頃の試合映像があることに気づき、それを見たところ、そのうちの数試合で試合終了を『NO SIDE』と言っているものをみつけた。ひとつは、1967年11月4日にトゥイッケナムで行なわれたイングランド対NZオールブラックス戦だ。ちなみにこの試合がイギリス最初のラグビーのカラー放送だそうである。そして、同じ遠征の、11月11日にカーディフ、アームズパークで行なわれた、ウエールズ対NZオールブラックス戦だった。

 両試合ともに、実況は『ボイス・オブ・ラグビー』の尊称で知られたBBCの名コメンテーター、ビル・マクラーレンだ。彼が44歳になって間もない頃の、若き日の名調子を聞くことができる。スコットランドなまりは後年程強くない。ここでは2試合とも試合終了と同時に、『REFEREE'S WHITSLE GOES FOR NO SIDE』のように聞こえる。

 1973年1月6日にトゥイッケナムで行なわれた、イングランド対NZオールブラックス戦でも、別の実況の人が、『NO SIDE』としゃべったのを聴いたのだが、再確認しようとしたら、肝心の映像がみつからない。

 1972年12月2日のカーディフでの試合、ウエールズ対NZオールブラックス戦のハイライト映像では、実況のビル・マクラーレンが、ノーサイドではなく『THE MATCH IS OVER』と叫んでいる。

 同じ頃、南半球のニュージーランドの試合映像では、1950年5〜7月のブリテッシュ・ライオンズの遠征試合の、オールブラックスとのテストマッチのハイライトで、実況が『フルタイム』を使っている。やはり、1966年9月10日のオールブラックス対ブリテッシュ・ライオンズの第4テスト戦の映像でも試合終了は『フルタイム』である。

 少し後になって、1983年11月19日のトゥイッケナム。イングランド対オールブラックス戦では、『フルタイム』。

 まだ資料の検証件数が少ないのだが、英国では『ノーサイド』と『フルタイム』の境界が1970年ギリギリの頃と思われる。これに対して、南半球では、ワラビーのSHジョージ・グレーガンが、『ノーサイド』という用語自体を聴いたことがないと言っていたけれど、ニュージーランドの実況を聴いた限りでは、1950年代から『フルタイム』が使用されていて、『ノーサイド』としゃべる実況映像は、まだ見つかっていない、というのがこれまでの経過である。


【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。
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