コラム

【谷口誠 コラム】 8000万の地熱、1000キロの宴

11月19日に行われた『2017 AIG Fenway Hurling Classic and Irish Festival』。

ハーリング、1チーム15人でプレーする(写真:Getty Images)



■大リーグ最古の野球場で、次にビール売上ランキングに入るのは、ラグビーの試合かもしれない


 最初に紹介するのはラグビーの話ではない。しかし、来年のワールドカップ(W杯)で日本のライバルとなる国の、一側面を表しているのではないか。


「あの日のビールの売り上げは史上2番目だった」。


 先日あった米大リーグ、ボストンレッドソックスの関係者が目を丸くしていた。昨年11月19日。本拠地のフェンウェイパークで行われたのは「本業」の野球ではない。ホッケーに似たアイルランド発祥のスポーツ、ハーリングの大会だった。


 記録的な売り上げとなった理由は客層にある。来場者の多数を占めたのは、ボストンの住民の15%を占めるアイルランド系。ギネスビールを生み、黒色の液体への愛が遺伝子に刻み込まれている人々だ。アイルランド人の1人当たりのビールの消費量は日本人の2.4倍に達するという調査もある。3000年の歴史を持つと言われる伝統競技を肴に、グラスは進んだだろう。


 大リーグ最古の野球場で、次にビールの売上ランキングに入るのはラグビーかもしれない。レッドソックスは関連会社でサッカークラブを買収するなど他競技にも進出している。地元の多数派住民が抱く楕円球への愛も熟知する。関係者の話を総合すると、この地でラグビーの試合が開かれる日もそう遠くはなさそうだ。


 似た環境ながら、すでにラグビーの試合が実現した街もある。2016年11月、アイルランドとオールブラックスのテストマッチがシカゴで行われた。周辺に多く住むアイルランド系の人々が来場。会場のアメリカンフットボール場は6万2000人の観客で満席となった。


 初対戦から111年目、アイルランドはこのカードで初めて勝利を収めた。会場の制約でピッチの横幅が狭く、オールブラックスが得意とする幅広の攻撃が難しかったこと。また、緑色のジャージのファンがアイルランドでの試合のような雰囲気をつくりだしたことも大きかった。会場が違えば、金星はもう少し先の話だったかもしれない。


 イングランドによる征服に、19世紀の飢饉、20世紀の内戦…。歴史的に数々の困難に見舞われてきたアイルランドでは、多くの人が国を出る道を選んだ。現在、本国の人口477万人に対し、国外の同胞は約8000万人とも言われる。アイリッシュ・ディアスポラ(流浪の民)と呼ばれる人々は今でも祖国の文化を守り、ラグビー界でも存在感を発揮している。


 アイルランドなど5か国・地域のクラブが参加する国際リーグのプロ14。コミュニケーションマネジャーを務めるアダム・レッドモンド氏が、こんな事象を教えてくれた。「アイルランドのクラブが(欧州チャンピオンシップで)イングランドなどの国外に遠征する時、観客数は他の試合よりも増える」


 イングランドに住むアイルランド系の人々にとって、かつての地元クラブを「里帰り」して応援することは容易でない。しかし、現住地の近くで試合があるなら見に行くことができる。日本のプロ野球でも広島東洋カープの試合が東京で行われると、関東在住の広島ファンで客席の半分が埋まることがあるが、同じ構図だろう。


 プロ14は今季から南アフリカの2クラブを受け入れるなど拡大路線を取る。次の進出先として最有力とみられるのが米国である。「北米にはアイルランドから移り住んで1、2世代目の人々がいる。彼らは今もアイルランド人という自己認識を持っていて、ラグビーに興味がある人も多い」とレッドモンド氏は言う。


 急成長中の米国のラグビー市場に秋波を送るのは、プロ14だけではない。イングランドのプレミアシップは近年、この国で公式戦を積極的に開く。サンウルブズが所属するスーパーラグビーでも、参加諸国のラグビー協会幹部がしばしば関心を口にする。お膝元の米国ラグビー協会も今春、新たなプロリーグを立ち上げる。


 競合相手は多いが、レッドモンド氏は自信をのぞかせる。「アイルランド系の人々はプロ14の観客になってくれる可能性があり、我々のセールスポイントになるだろう」

 米国進出した際のリーグ名の仮称もある。アトランティック(大西洋)チャンピオンシップ――。レッドモンド氏は笑う。「アトランティックという言葉はとても壮大な響きがする」


 アイルランド系は米国のスポーツや文化の形成に大きな影響を与えてきただけでなく、ジョン・F・ケネディらの大統領も輩出。政治的な発言力を持つ。2つの国の堅固な結びつきは、プロ14が大西洋を越えるための架け橋にも成り得るだろう。


 アイルランド系の人々の力がラグビー界で最も発揮されるのはW杯ではないか。4年間、蓄えたお金と熱意で国境を超え、開催国まで応援に駆けつける。


 2003年のオーストラリア大会。アイルランド代表は1次リーグの3戦目でアルゼンチンと対戦した。会場はアデレード。6日後、今度はメルボルンで開催国と戦う。各国からやってきたサポーターは両都市間の1000キロをレンタカーなどで移動。沿線の街々の経済を潤し、パブやバーで現地の人々と思い出をつくった。


 来年のW杯日本大会でも彼らは大挙して来日するはずだ。試合前は「アイルランズ・コール」に喉を震わせ、キックオフの笛が鳴れば大声援。初めてW杯を開く国に、W杯らしい熱狂をもたらしてくれるだろう。


 16年前と同じ光景も見られるかもしれない。アイルランド代表は横浜で初戦を迎えた後、静岡で日本と対戦。次いで神戸、福岡と移動し、1次リーグの残り2試合を戦う。東から西へ、1000キロの道のり。緑色のジャージの大男らを載せた車は走る。どれだけのビールを、どんな笑顔と一緒に飲み干すのだろうか。


ジョー・シュミット ヘッドコーチ(左)とロリー・ベスト主将(1月26日)。

2月3日、シックスネーションズ初戦はフランスと対戦(写真:Getty Images)


【筆者プロフィール】

谷口 誠(たにぐち・まこと)

日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。

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