コラム

【直江光信 コラム】 誰かのために。

伏工(ふしこう)のパンツには、長くこの言葉が刻まれている(撮影:梅原沙織)


▼ここから先の勝負では、チームに関わるすべての人の力、思いが試される。


 自分のためより誰かのためのほうが絶対に強い。スポーツの現場を取材していると、つくづくそう思う。

 もちろん「自分のために」という気持ちは、誰にだって多かれ少なかれあるだろう。ただ、それだけなら自分さえ納得すればいいから諦めるのも早い。しかし、「誰かのため」となるとそうはいかない。

 もうこれ以上走れない…と足が止まりそうになったその時、自分と激しくポジションを争ったアイツが、ベンチからまっすぐこちらを見ている姿が目に入った。あるいはスタンドで応援するメンバー入りが叶わなかった最上級生の、かすれかけた叫び声が耳に届いた。その視線の奥にある光、祈るような声の高鳴りに気づいてしまったら、そう簡単にギブアップはできない。限界だと思ったところで、説明不能のもう一歩が出る。

 11月12日。全国高校大会京都府予選決勝に伏見工業の魂を見た。ラグビーファンにとっては特別な響きの「伏見工業」の名は今年度限りでなくなり、次年度からは「京都工学院」になる。伝統の校名を少しでも長く残すためには、勝ち続けるしかない。使命感と決意は、極限まで焦点を絞ったアタックと火を吹くようなタックルとなってグラウンドに展開された。

 前半は7−0。最終スコアは14−22。春の全国選抜大会準優勝、高校日本代表候補6名を擁する京都成章の底力はさすがだった。それでも、あらゆる手を尽くして勝利の可能性を追求する伏見工業の戦いぶり、その凄みは、強く心に残った。5月の春季大会で0−41だった点差は、半年で「8」まで縮まった。

 5年前の夏。当時の高崎利明監督(現GM)に、なぜ伏見工業があれほど大一番に強いのかを聞いたことがある。返ってきたのはこんな答えだった。

「仲間意識を大事にさせることは、普段から心がけています。そうした目に見えない『お互いの力』というのは、すごくあると思う。(中略)だから最終的にチームの誰が出ても応援してやれるし、出たヤツは出られないヤツの思いを背負って戦える。土壇場で勝負をひっくり返したり、際どいゲームを逃げ切ったりできるのは、そういう信頼関係があるからかな、と思いますね」

 狙いを定めた戦いでの神秘的なほどのあの勝負強さ、持てる力を極限まで出し尽くし、実力差を覆して数々の感動の勝利をつかんできた理由が、わかった気がした。

 最近の印象に残ったエピソードをもうひとつ。過日、リオデジャネイロ五輪の水泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した金藤理絵選手に、「信頼」というテーマでインタビューした。金藤選手は2008年の北京五輪に19歳で出場しながら、2012年のロンドン五輪は選考に漏れ、その後の数年間は「ずっと水泳をやめたくてしかたなかった」という。そんな時、彼女を支えたのが、加藤健志コーチ(東海大学水泳部監督)だった。

「ロンドンの出場を逃した後、私は目標を持てなくなっていました。口では目標と言いながら、心では『できるわけがない』と思っていたのです。でも私がそんな状態の時も、加藤コーチはずっと私の目標を持ち続けてくれました。これは、私にとってすごく大きなことでした」

 コーチの突き抜けた信が、ほとんど折れかけていた選手の心をつなぎとめ、選手はその信に応えて蘇り、世界一の栄誉を手にした。ちなみにリオ五輪後、加藤コーチは金藤選手に、「やりたくないと言っている選手にやらせることはすごく悩んだけれど、それでも信じられたのは、どんな結果であれ応援してくださる周囲の方々の純粋なサポートがあったからだ」と明かしたそうだ。

 いよいよ国内シーズンのクライマックス到来。ここから先の勝負では、ピッチに立つ15人だけでなく、チームに関わるすべての人の力、思い、いわばクラブとしての底力が試される。いつもそう感じる。たくさんの思いが凝縮され、重なり合うことで、戦いの熱は高まる。その熱に触れることが、ラグビー観戦のもっとも大きな醍醐味かもしれない。ぜひスタジアムで、あるいはテレビの画面を通して、存分に熱を感じてください。

 そしてジャパン。2019年、桜の勇士たちは、日本ラグビーの未来と日本のラグビーを愛するすべての人のために、大げさでなく人生をかけて戦う。その勇気と覚悟、献身を見つめる人が増えれば増えるほど、彼らは奮い立つ。それが、ホームでワールドカップを戦うということなのだろう。

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2017年11月12日。春は0−41だったライバルとの差を、8点差まで詰めた。
試合後、バックスタンドに挨拶する伏工の選手たち(撮影:梅原沙織)


【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。
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