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「この火を絶やさない」 石見智翠館高校監督・安藤哲治

石見智翠館を率いて17年目になる安藤哲治監督


 安藤哲治はいつも温和だ。
 ラグビー界の希少人種は、他の指導者と少し異質な思いを抱えている。
「もちろん勝ちたいです」
 一呼吸入れて続ける。
「でも、人を一人預かって、こいつのために強いチームにしてやりたい、という思いがあります。必死に誘って、来てもらった。でも、はい弱い、じゃあすまされません」
 じき、石見智翠館のラグビー部監督として17回目の花園を迎える。チームとしては27年連続27回目になる。

 学校は島根県の江津(ごうつ)市にある。東西に長い県の西寄りにある。
「関西から一番早いのは新幹線で広島まで来てもらって、そこからレンタカーで高速を使うやり方ですね」
 それでも、最低4時間以上はかかる。日本海に面し、冬は寒い。降雪はそう多くないが、1月の平均気温は4.9度である。

 この私立校は1907年、邑智(おおち)郡裁縫女学館として創られた。2009年、「江の川」から現校名になる。生徒募集は古くから人口が多い関西でかけた。
 現在の部員は97人。ほぼ全員が自宅を離れ、寮生活をしている。

 NO8齋藤龍夜はFL山本拓海と「2人主将」をつとめる。大阪・摂津四中でラグビーを始め、高校をここに定めた。
「2つ上の兄(翔夜)の影響です。兄がいるなら不安は少ないだろうと思いました」
 タテへの強さなど高校日本代表候補に挙げられている。卒業後は近畿大に進む。
「来てよかったです。僕は人と話すのが苦手なのですが、キャプテンを任せてもらい、人と関わることが多くなりました。成長させてもらっている感じがしています」

 FL佐々木颯馬は地元の江東中の出身である。中学では野球部だった。県内にある開星は春夏甲子園出場13回、石見智翠館も9回を数える。それでもラグビーを選んだ。
「どうせしんどい練習をするなら、全国で1位を狙えるクラブでやりたかったのです。始めてよかったです。高いレベルでできたし、レギュラーにも絡ませてもらいました。それに関西の人たちとつながりができました。地元の小さな世界で終わりませんでした」
 進路は東洋大。東京で視野はさらに広がる。

 WTB米田圭佑は早稲田大の看板学部、政治経済に指定校推薦で合格した。
 学内4コース中、難関大学に対応する「智翠館特別」にいる。関大一中で楕円球を追っていたが、関大一高から関西大へのエスカレーターを選ばなかった。
「強いチームでラグビーをやりながら、勉強との両立がしたかったのです。最初、寮生活は大変でした。洗濯や掃除なんかです。でも母や父のお蔭で自分がある、ということがわかりました。ここを選んでよかったです」

 安藤は、毎年恒例のラグビーマガジン2月号付録「全国高校大会完全ガイド」のメンバー表提出は3年生を優先する。
「だって、一生思い出に残るじゃないですか」
 Cチーム(三軍)以下の試合に3年生は出さない。どれだけ下手でもBチーム(二軍)でプレーさせる。山と海が至近の山陰の街で3年間頑張ったことを評価する。

 石見智翠館は全国の強豪に成長した。
 95回大会は桐蔭学園に31−46、昨年度の96回大会は7−43で御所実にそれぞれ敗れたが、4強と8強入りを経験した。2大会連続してベスト8以上に入る。
 ただし、そのための指導者の努力は尋常ではない。

 安藤は大阪育ちの44歳。今市中、大阪学院大高、大阪学院大でFBなどをした。
 2年間、札幌でサラリーマンをした後、社会科教諭として1998年に赴任する。
 前任者の梅本勝(現尾道監督)の辞任で、2001年、コーチから監督に昇格した。
 その年、忘れられないつらい思いをする
「24人の3年生部員が次々と辞め、最後は3人になりました。引継ぎがうまくできず、私自身の監督としての能力も人間性もありませんでした。ここまで来てくれて、ラグビーをしてくれたのに本当に申し訳なかった」
 その年の81回大会では1回戦で山形中央に3−5で敗れた。

 島根と山形はラグビー不毛の地だった。
 記念大会となった50回大会(1971年)は、各都道府県最低1校の出場も、この2県と沖縄からは出ていない。沖縄はアメリカ統治下から翌年、本土復帰する事情があった。加盟校が少ない島根と山形は、それぞれ鳥取、秋田と決定戦を行い、勝ち残れなかった。
 その県同士が対戦。ラグビー経験者をそろえた私立校の公立校に対する敗戦は、内部の混乱の大きさを伝えている。

 島根には今でも対戦チームがない。
 今年の全国大会予選は出雲に143−0。予選参加は2校のみ。強さを維持するためには県外に出て行くしかない。

 安藤は生徒集め、そして試合のため、運輸業なら行政から改善命令が出てもおかしくはないほど車を運転する。
 金曜は授業と練習終了後、マイカーで大阪に向かう。夜中に実家着。土曜は中学回りや大会を見て、夕方出発。深夜に江津に戻る。日曜は大型バスに選手たちを乗せ、再び関西へ。試合をこなして、その日の夜更けに帰ってくる。週末は関西2往復が基本だった。
 オフはなく、月曜からまた教壇に立つ。
「今はスタッフが増え、だいぶ楽になりました。私だけが運転しなくてよくなった」
 笑いで疲労の思い出を包んでしまう。

 運転を分担するのは、教え子でもあるラグビー部部長の大向将也だ。保健・体育教員でもある元WTBは、大阪体育大、ワールドでプレーした。安藤が持てなかった選手時代のトップレベル経験をも補っている。

 勧誘が本格化する時期、安藤は1週間ほど関西に滞在したりもする。
「ウチの学校もその辺は考えてくれていて、補講を認めてくれるんです。だから週に15時間の授業を受け持っているなら、次の週に30時間をこなせばいい。調整は必要ですけど、そこはやりやすいですね。ただ、生徒としたら、なんで同じ顔を3時間も見ないといけないんや、という不満はあるでしょう」
 また、ユーモアでくるむ。

 その内面には感謝を秘める。
「みなさまのお蔭ですよね。私は大学時代の実績もないし、指導者の仲間がいるわけでもない。監督になった時、竹田先生は『あんちゃん、いつでもおいでなあ』とそれまでと態度が変わらなかった。そんな人たちが縁をつないで広げてくださって、今があります」
 御所実監督・竹田寛行とは毎月と言えるほど練習試合を重ねる。つながりは強い。

 今年は、12月27日に開幕する第97回全国大会で、Bシードに推された。
 4月の第18回選抜大会は桐蔭学園に0−68、10月の愛媛国体(単独チーム)は大阪選抜に14−42と優勝チームに敗れたが、2大会における4強入りが評価された。

 中心は3人の高校日本代表候補。齋藤、そして両LOの徳谷琉希と武内慎。190センチと大きい武内はU17日本代表でもある。
 安藤は戦い方に触れる。
「敵陣に入って、FWでゴリゴリっていう感じですかねえ。今年は抜きんでた選手が少なかった分、メンバーが固定できませんでした。でも、逆にたくさんの選手が試合に出られて、全体的な底上げはできています」
 今大会から登録メンバーが5人増え30人になった。チームには追い風となる。

 齋藤は目標を口にする。
「2年前はベスト4に行きました。だから、まずは同じところまで行って、歴史を変えられるように優勝を狙っていきたいです」
 チームのモットーは横断幕にある。
「闘に臨む者は皆陣列の前に在れ」
 闘=戦い。安藤は言う。
「火を絶やしたくない一心でやってきました。辞めようかと思ったこともあります。でも、親元を離れ、ここまで来てくれた生徒たちを思えば、裏切ることはできませんでした」
 その気持ちを成績でも表したい。
 青に紺白ジャージーの初戦は12月30日。仙台育英と常翔学園の勝者と戦う。
(文:鎮 勝也)





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