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46歳の鉄人・伊藤剛臣、完全燃焼へ。

釜石シーウェイブスの伊藤剛臣。写真は11月25日の中部電力戦(撮影:松本かおり)


 鉄人と呼ばれた伊藤剛臣が、引退を決意した。46歳。桜のジャージーを着て世界で戦い、名門・神戸製鋼でV7に貢献した伊藤は、第2のチャレンジとして加入した釜石シーウェイブスRFCで6年間体を張り続けた。が、ついにブーツを脱ぐ。トップチャレンジリーグ2017セカンドステージBグループ、残り3節で燃え尽きる。12月9日に東京・江戸川区陸上競技場でおこなわれる中部電力戦には4番をつけて先発出場する予定だ。

 東京都荒川区出身。法政二高(神奈川)でラグビーを始め、法政大3年時には25年ぶりの大学選手権優勝を達成した。卒業後は神戸製鋼に入り、ルーキーイヤーの1994年度に全国社会人大会と日本選手権の7連覇に貢献。2003年度にはトップリーグ初代王者として輝き、NO8でベストフィフティーンに選出された。トップリーグ出場は通算82試合。

 日本代表としても活躍した。1996年5月11日の香港代表戦でデビュー。1998年12月のアジア競技大会ではキャプテンを務めた。ワールドカップは2大会出場し、1999年大会では現日本代表ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフらと一緒に戦った。2003年ワールドカップのラグビーマガジンの展望号では、「スクラム最後尾からボールを持ち出してゲインするスピードは、世界最速と言われている。ふわりとスクラムから離れるタイミングが抜群なのだ。細身だが、よく伸びるストライドと天性のバネで防御を翻弄。ラインアウトやキックオフの空中戦にも強い」と紹介されている。重ねたキャップの数、62は、日本代表歴代8位(2017年12月8日時点)。7人制でもプレーし、1993年と97年のワールドカップ・セブンズにも出場している。

 2012年2月、18年間在籍した神戸製鋼から戦力外通告を受けた。チームは世代交代を図っていて、関連会社への就職先を用意すると言ってくれたが、現役続行への思いが強かった。
 そうしたなか、従来から親交があり、当時、釜石シーウェイブスに所属していた吉田尚史(現 東洋大学ヘッドコーチ)から聞いていた釜石のことを思い起こす。
 伊藤はシーウェイブス入団当時、こんなことを言っていた。
「昨年(2011年)、東日本大震災で甚大な津波被害を被ったにもかかわらず、前向きに頑張っている釜石の人々やチーム・選手、そして熱いサポーターの話を思い出し、現役最後の炎を釜石シーウェイブスで燃やしたいと思ったのです。トップリーグのチームからの誘いもありましたが、自分から釜石シーウェイブスへの入団を希望し、トライアウトを受けさせてもらいました。トライアウトでは、自分の中では伝説となっている釜石ラグビーの聖地『松倉グラウンド』で練習をおこない、また、釜石シーウェイブスの高橋善幸ゼネラルマネージャー(現 最高顧問)、桜庭吉彦チームディレクター(現 ゼネラルマネージャー)、吉田選手に釜石の状況やそのなかにあるチームの目標や取り組み内容を伺い、あらためてこのチームで頑張りたいと強く思いました」

 鉄と魚とラグビーの街、釜石。シーウェイブスは、1978年から84年度にかけて史上初の7連覇(全国社会人大会、日本選手権大会)を達成した伝説の北の鉄人たち、新日鐵釜石をルーツとする。41歳で新天地に向かい、神戸製鋼と釜石、偉大な歴史を持つ2チームの誇りを受け継ぐことになる伊藤は、釜石の地で現役最後の炎を燃やすと決めた。

 LO、FL、NO8、使ってもらえるならどこでもやった。常にアグレッシブ。コンタクトエリアでの激しいプレーは仲間を鼓舞した。言葉で、体で、チームを引っ張った。
 46歳で迎えた今季、トップチャレンジリーグのファーストステージ全7戦で試合メンバーに入ったが、若手の成長もあってリザーブがほとんどで、9月の九州電力戦で6番をつけ先発したときも80分間プレーすることはなかった。
 釜石シーウェイブスを日本最高峰リーグのトップリーグに昇格させたい。そう思って6年間奮闘してきたけれど、目標達成には届かず、今季トップチャレンジリーグは5位以下になることが確定している。
 それでも、伊藤剛臣は残り試合でも全力プレーで釜石シーウェイブスに魂を注ぎ、ファンを熱くさせるだろう。
 鉄人、完全燃焼へ。
hanazonorugby1ワールドカップ2019ラグリパcolumn2

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