コラム

【谷口誠 コラム】 器の話

ダブリンのRDSアリーナ。1868年開場の「世界最古」のラグビー場(撮影:谷口誠)


▼最新スタジアムの洗練、古きアリーナに残るもの。


 年齢の差は149。歴史が全く異なる2つの“ラグビー場”を2日続けて訪れる機会があった。

 11月24日。アイルランドのダブリンで、クラブの国際リーグである「プロ14」のレンスター対ドラゴンズ戦が行われた。会場となったのが1868年開場のRDSアリーナである。

 イングランドの聖地トゥイッケナムが1909年の完成だから、伝統のほどが分かる。現存するラグビーの試合会場としては、世界最古の施設かもしれない。かつては約1キロ離れたところにアイルランド代表の本拠地、ランズダウン・ロードがあった。1872年誕生で「世界最古のラグビー場」とも呼ばれていたが、2007年に解体。跡地には現代的なフォルムを持つアビバスタジアムが鎮座する。

 約300年の歴史を持つ慈善団体「Royal Dublin Society(ロイヤル・ダブリン・ソサエティー)」が所有するアリーナは収容18,500人とさほど大きくはない。ただ、歴史を感じさせるものがそこかしこに残る。通路にはギリシャ建築のようなアーチ型の装飾。1階正面には女神像のような彫像が据えられている。

 肝心の試合の中身も濃かった。テストマッチ期間と重なったため、各国の代表選手は不在。それでも質は保たれていた。

 例えば選手の顔ぶれ。この地を拠点にする強豪、レンスターのメンバー23人にはアイルランド代表歴のある8選手が名を連ねた。かつて釜石シーウェイブスに在籍、オーストラリア代表を退いて間もないLOスコット・ファーディら、他国の代表経験者もいる。

 ナンバー8の先発は、21歳のマックス・ディーガン。緑のジャージーを着て6月の日本戦2試合に先発した、ジャック・コナンをベンチに追いやっての出場だった。このポジションではアイルランド代表95キャップのジェイミー・ヒースリップも故障から復帰の途上。層の厚みに加え、主力不在と思えぬほどの連係を見せたレンスターは、ウエールズから遠征したドラゴンズを54−10と圧倒した。
 
 至る所に熟成の香りがするRDSアリーナと違い、産湯の湯気がほやほや上がっていたのがパリ近郊にできたUアリーナ。11月25日のフランス対日本戦がこけら落としだった。

 地元クラブのラシン92が建てた新競技場の照明は赤青黄の光線を放ち、音響も下手な会議場などより優れていそう。スポーツ施設とは思えぬ豪華な演出ができると同時に、世界で最も効率よくお金を稼げるラグビー場でもないか。

 収容32,000人とサイズこそ中規模だが、企業の接待や富裕層向けのVIP席は95室、3,000人分もある。欧米のスポーツクラブでは入場料収入の4割ほどを稼ぐ「ドル箱」の席に、積極的に投資した結果だろう。完全密閉の屋内施設で、周辺に住宅も密集していない。試合のない日にコンサートなどで集客することもたやすいはず。ラグビーに限らずスポーツ施設が遅れている日本でも、Uアリーナの設計思想や、稼ぐ力は早急に見習いたいところ。

 新旧2つの競技場はともに「アリーナ」と名乗っている。英語のstadiumとarenaの用法の違いは厳密に決まっていないようだが、RDSアリーナはもともと馬術の会場としてつくられた。馬術場はアリーナと呼ばれるのが慣例だ。Uアリーナの場合は、音楽イベントなどを開く多目的ホールの意味合いを強調するためだろう。馬術とコンサート。ラグビー以外の用途が、時代の移り変わりを表す。

 新世紀のラグビー場の象徴となるだろうUアリーナだが、RDSアリーナの方が勝っていたものもあった。

「キッカーに敬意を」――。日本対フランス戦。双方がゴールキックを蹴る時には、ピッチの3分の1の面積を持つ大型スクリーンに仏英2か国語のメッセージが表示された。静粛を求める案内にも関わらず、興奮したファンの歓声はなかなかやまない。

 後半33分、PRヴァル アサエリ愛のトライで日本が同点に追いついた直後。SO田村優がキックティーにボールを載せる。後ろに下がって精神を研ぎ澄まそうとする田村を、ブーイングと指笛の嵐が襲う。

「シッ、シッ」。会場の至る所に置かれたスピーカーから、大音響が放たれた。騒音に業を煮やした、場内放送の担当者の声だったか。それでも止まない喧騒の中、田村がキックを放つ。左に外れ、日本の勝ち越しはならなかった。

 前夜、遥かに小さいダブリンの電光掲示板にメッセージは一度も表示されなかった。必要がないからだ。トライ後の歓喜が冷めやらぬ人がいた時、「シッ、シッ」の声はあった。ただ、発せられたのは観客の口から。客席の上下左右から聞こえてくる声の主を探すと、オールドファンだけでなく、20代らしき女性もいる。いざキックの直前になり、場内が静寂に包まれると、遠く離れた席からのシッ、シッがはっきり聞こえるほどだった。

 フランスは日本に初めての黒星を喫する瀬戸際だった。あまりの危機感から、サポーターも声を抑えられなかったのかもしれない。ただ、キッカーへの敬意はアイルランドの良き伝統。古きアリーナにその美風は残る。2019年のワールドカップで日本が戦う難敵の、強さの一因かもしれない。

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RDSアリーナのコンコース。アーチ形のインテリアが見える(撮影:谷口誠)

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RDSアリーナでのレンスターの試合(写真は2016年/Getty Images)

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興業力のあるUアリーナの大画面。日本対フランスがこけら落としだった(撮影:谷口誠)


【筆者プロフィール】
谷口 誠(たにぐち・まこと)
日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。
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