コラム

【森本優子 コラム】 ラグビーの聖都を訪ねて。

デュソトワール氏とリーチ主将(撮影:長尾亜紀)

▼スタッド・トゥールーザンという文化


「このあたりじゃあ、赤ん坊はみんなラグビーボールを抱えて生まれてくるんだ」

 フランス南西部トゥールーズ。ブラニャック空港に到着後、ホテルまで乗せてもらったタクシーのドライバー氏の一言だ。フランス語通訳の知人と同乗した車内は、ホテルに着くまでラグビー談議が止まらなかった。 

 日本代表が合宿を行ったトゥールーズ。フランスでラグビーが盛んな南西部の中でも、スタッド・トゥールーザン(以下トゥールーズ)は歴史、実績、人気ともトップ。代表選手も数多く輩出している世界有数のラグビークラブだ。そのホームスタジアムが、11月18日に日本代表がトンガ代表と戦ったエルネスト・ワロン競技場。エルネスト・ワロンとはクラブの創始者の名前だ。

 これまで現地は3回訪れたのだが、なぜかこの競技場には縁がなかった。2007年にフランスで開催されたワールドカップで日本代表はトゥールーズでフィジー代表と戦ったが、使われたのは市営のスタジアムだった。

 まだ見ぬ聖地の競技場。日本とトンガの前日練習で胸躍らせて訪れると、スタジアムは想像よりも小ぶりだった。大クラブなのだから、最新鋭の設備と思いきや、意外に年数も経っていた。収容人数2万人弱。それでもスタンドの傾斜は急で、観客と選手の距離が近い。

 ピッチに入ったメディアが口々に言ったのは、「このくらい(の規模)がもっと日本にあったら」

 クラブの試合は代表戦や国内大会の決勝のように数万人を動員できるわけではない。必要とされるのは、小規模の専用ラグビー場だ。エルネスト・ワロンは、「よそ行き」ではなく、普段着のスタジアムだった。 

 だが、周囲の施設の充実がトップクラブのプライドを物語っていた。サブグラウンドは3面、人工芝の室内練習場にジム(表記は「筋肉部屋」)。プール。クラブハウス。オフィシャルショップに、スタジアムに隣接するレストラン…。ラグビーに必要な施設がすべて備わっている。

 トゥールーズのチームカラーは赤と黒。外装、椅子の色、レストランのグラスと至るところ、2色使いで統一されている。

 クラブに所属するのは、プロ選手だけではない。学校の授業がない水曜の午後には、練習グラウンドは子どもたちであふれかえるという。子どもたちのチームはU6(6歳以下)から2歳刻み。750人近くが所属しているという。この1〜2年で、女子チームも生まれ、競技場にある歴代の代表選手を刻む銘板の脇に、女子代表の氏名を刻むそれが新しく作られていた。

 空港や街中にはクラブのカフェもある。トゥールーズに限ったことではないが、ラグビーが生活に溶け込んでいるというのは、こういうことなのだと実感した。

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 トンガ戦の2日後、競技場のレストランでティエリ・デュソトワール氏のインタビューをした。昨季で引退したが、長くトゥールーズのキャプテンを務め、2011年、2015年ワールドカップのフランス代表主将でもある。キャップ数は80。ポジションはFL。その激しいプレーは「ダーク・デストロイヤー」と呼ばれた。プレーだけではない。何より人柄で尊敬を集めた。

 冒頭のドライバー氏はこう言った。
「彼はムッシュだ」
 謙虚だ、とも。心から尊敬して、誇りに思っていることが伝わってきた。インタビュー場所として、快く開店前のレストランを使わせてくれた責任者の女性も言った。
「彼は素晴らしい人間よ! 誰にでも親切に接してくれるのよ」

 ほどなく、彼らのその言葉を実感することとなる。

 インタビュー開始時、スタジアムに練習に来ていた日本代表がウエイトを終え、レストランと通路を隔てた部屋で補食を摂るところだった。日本チームが来ていることを聞いた氏は、「ちょっと席を外してもいいかな。挨拶したいんだ」と、席を立った。リーチ マイケル主将が通りがかると、氏から握手を求め、親しげに言葉をかわしていた。

「彼とは2011年のワールドカップで対戦したよ。当時から素晴らしい選手だった」

 デュソトワール氏は10歳のとき、コートジボワールからフランスに移住。最初は柔道をしていたが、高校時代の友人に誘われ、トレリサックというところでラグビーを始めた。そこからボルドー、コロミエ、ビアリッツを経て2006年にトゥールーズへ。11年間プレーを続けた。今は会社経営のかたわら、フランス2023(ラグビーワールドカップ2023フランス大会)のアンバサダーも務め、忙しい日々を送っている。
 
 決して恵まれた少年時代を過ごしたわけではなかったが、ラグビーを始めたことで救われたという。

「ラグビーの素晴らしいところは、どんな人間にも居場所が用意されていること。プロはトップアスリートの集団ですが、普通のチームなら、今もそうです。それは人生そのものではないですか」

 彼をラグビーに誘ってくれた友人は今でも親友なのだそうだ。

 現役時代の大半を過ごしたトゥールーズについては、こう語った。
「ここはフランスラグビーの中心地。半径2200キロはすべて赤と黒です(笑)。フランスのナンバー1スポーツはサッカーですが、この地ではラグビー。だから、このクラブを代表するということは、この地域を代表するということ。強いアイデンティティを持てば、強い文化が生まれるのです」

 2年後にワールドカップを開催する日本。よく「レガシーを遺そう」というフレーズを聞くが、ずっと引っかかっていた。レガシーって、何だろう。今回のトゥールーズ滞在で何かヒントがあるかも、と思っていた。

 ラグビー専用競技場、恵まれた施設や環境は、真似のしようがない。すべての赤ん坊がラグビーボールを持って生まれてくるのも難しそうだ。
 けれども揺るがぬ信念を持って、周りから敬われる素晴らしい選手を育て上げていくことは、出来るのではないか。レガシーとは最初から作るのでなく、無心に向き合っていった末に生まれるものなのだろう。

 後でリーチ主将にデュソトワール氏のことを尋ねた。彼にとっては「世界で一番尊敬している選手」なのだそうだ。

「本当に感動した。(自分たちの食事中も)彼のことばっかり見てたよ」
 2年後のワールドカップ、我々は彼をキャプテンに戴いて迎えることになる。

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 レストランの壁にはこう記されていた。
「スタッド・トゥールーザン 〜勝つチーム(Une eqipe qui gagne)」
 これほどシンプルなキャッチフレーズが他にあるだろうか。


【筆者プロフィール】
森本優子(もりもと・ゆうこ)
岐阜県高山市生まれ。83年、株式会社ベースボール・マガジン社入社。以来、ラグビーマガジン編集部で、定期誌『ラグビーマガジン』のほか、『ラグビークリニック』など多くの刊行物を編む。共著に『ラグビーに乾杯!』(画・くじらいいくこ)。ワールドカップ取材は1991年の第2回大会から。

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エルネスト・ワロン競技場の全景。全てが赤と黒の2色使い(撮影:BBM)

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スタンドはグラウンドと距離が近い(撮影:BBM)

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レストランは平日も営業しており、誰でも使用できる。お皿にもクラブのロゴが(撮影:長尾亜紀)

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女子代表選手を刻んだ銘板(撮影:BBM)

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オフィシャルショップの店内。種類は豊富(撮影:志賀由佳)
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