コラム

「麻布開成連合」  藤島 大(スポーツライター)

最前列左から3人目が開成・風呂井義人主将、4人目が麻布・新原浩太主将、5人目が遠藤宏哲ゲーム主将(撮影:松本かおり)


 東京の西日暮里、庶民の下町にある校舎から制服姿の少年たちが外へ出る。徒歩で最寄りの地下鉄の駅へ向かい、千代田線に飛び乗って、日比谷駅下車、こんどは日比谷線で広尾まで。地上に到達したら少し太陽光線が眩しい。右折、歩道を速足で進む。山の手の高級住宅街の景色は、さて、目に入っただろうか、ずんずんと坂を上り、もどかしくも信号で待たされ、私服で下校の生徒たちとすれ違って、出発からざっと半時間、あと少しで質素な白い校門に到着する。

 好敵手が手を結ぶ。スポーツ観戦の喜びのひとつだ。昔、「早明連合」というチームが編成された。1977年、来日のスコットランド代表と対戦、13−59で敗れた。少年ファンとしてやけに胸がときめいたのを覚えている。展開の早稲田と突進の明治、ユサブリと前へ、例年12月の第一日曜に地響きをたてて激突する歴史上のライバルが、なんと肩を組んで強豪国代表に立ち向かうのだ。
 
 あれから39年、ふとした噂を耳にして、東京都内の校庭へ向かった。どうやら好敵手が手を結んだらしい。その名も「麻布開成連合」。なんとなくよいではないか。6月11日、熊谷ラグビー場で開幕する中学の関東大会に推薦枠での出場を果たし、これから初戦の神奈川合同戦2日前の練習を始める。冒頭の描写は、開成中学ラグビー部の有志たちの道筋である。グラウンドに着くと、麻布のキャプテン、新原浩太が言った。「あ、開成、きた」。想像していたより早かったので、それがうれしそうだ。

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学生服のまま。それぞれのチームのTシャツで。思い思いのスタイルで練習に臨む(撮影:松本かおり)

 受験事情には疎い。ただ麻布と開成が斯界の頂点のあたりに位置するとはわかる。小学生にして勉強の難関に挑み、突破した者がここに集っている。また古典的イメージでは、自由闊達の麻布、質実剛健の開成、すなわち対照の妙がある。自立と結束こそを最高の美徳とするラグビー競技において、さて両校はいかに溶け合うのか。と構えて凝視してみたら、すでにチームはひとつであった。
 
 麻布の山川しげみコーチが教えてくれる。「連合チームって、試合や練習が終わると、それぞれの学校の部員だけで帰ることがどうしても多い。でも彼らは、三々五々、まざるんです。自然に」。ちなみに、いま、ホーチミン(若い読者は調べてください)のような髭を伸ばした69歳のこの人を便宜的に「コーチ」と記した。実はそうでもない。後述する本稿の主題である。

 単独で出場不可能だから連合で臨む。東京の中学は、高校の「合同」とは異なり、組みたい相手の希望がおおむね認められる。交通の便、学校行事の日程など、さまざまな条件を考慮して麻布開成連合は長く続いてきた。どちらの部員にとっても入学してからのいわば「日常」なのである。ゲーム主将、ハーフの遠藤宏哲(麻布)が明かす。「去年、一緒に日本ハムの野球を観戦したこともあります。そのときは麻布が4人、開成はひとり」。最初に合同で練習した日の印象は? 「開成、頭よさそうだなって」。スウェーデン人がノルウェーを「寒そうだな」と語っているみたいでおかしかった。
 
 練習は選手主導だ。山川コーチは自称「見守り人」。自主性尊重は、母校でもある麻布のラグビー部の伝統でもある。そして、ここが重要なのだが、その自主が中途半端ではないところに価値はある。「もどき」とは違うのだ。もちろん中学生が仕切るのだから、なかなか滑らかには進行しない。強くコーチングされたチームに勝利するのはとても簡単ではあるまい。大人が関われば、ひとまず、部員の潜在力は短期に引き出されるはずだ。でも麻布開成連合はそうしようとはしない。「練習が始まったら眼鏡を外そうではないか」から「試合当日の天候の予報からするとキックをもっと用いるべきでは」まで選手はよく話し合う。その分、練習のテンポは遅れる。それでも元編集者の「コーチ」はもっぱら傍観を決め込んだ。

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練習中も眼鏡をかけたまま。「だって見えないもん」(撮影:松本かおり)

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ほとんどの練習に参加する山川しげみコーチ(撮影:松本かおり)

 一般論として指導の要諦とは「徹底」にある。戦法を徹底するために徹底して指導する。これが王道だ。もうひとつ徹底して選手の自主性にゆだねる。これはこれで学生スポーツの正統なあり方である。避けるべきは「その中間」だろう。指導者が実際は万事に介入しながら「彼らが自主的に取り組んだ結果ですから」と失敗の言い訳に用いるのが最低だ。麻布開成連合にそうした嘘はない。この年代の部活動としては本当に干渉から自由だ。

 もうひとつ驚いたのは「麻布開成連合の部員にも多くのラグビースクール出身者がいる」(山川コーチ)という事実である。田園、横浜、川崎、世田谷、府中、市川、なかには福岡の筑紫丘出身も。スクール選抜に選ばれてそちらで登録している者もおり、その場合、学校の公式戦には出場できないけれど、普段はともに活動している。やはり日本のラグビーの根、いや、もはや足腰は各地のスクールの情熱、無名の師の無私の献身にあるのだ、と、つくづく感じた。運動部強化とは一線を画す両校にもこれだけの人材を送っているのだから。

 練習終了。柔道でも強靭な体幹で活躍、突破役の新原主将(LO、WTB)にラグビーの魅力を言葉にしてもらった。「自由で、多様性のあるところが気に入っています」。麻布開成連合について。「英検や塾との兼ね合いなど環境が似ているのでお互いに理解し合える。麻布の選手だけだと楽しくやろうぜと、お祭り騒ぎのようになってしまいますが、開成の選手はキチッとしていてやるときはやる人たち」
 開成の風呂井義人主将(HO)にも同じ質問をした。「ラグビーは他のスポーツと比較しても自由度が高い。たとえば何歩以上走ってはいけないという制約がありませんし」。連合については「いい出会いでした。お互い、遠慮するようなことはありません」。
 最後に。世田谷区ラグビースクール出身の遠藤ゲーム主将の次の言葉は忘れがたい。
「スクールでは厳しいコーチたちに指導されました。そうすると強くなるのも知っています。でも、ここのように自分たちでチームをつくっていくことも楽しい。たまに誰かに怒ってほしいと思うこともありますけど」
 あらかじめ正解の定まらぬ難問の突破こそはスポーツの知性である。そこが紙のテストとは異なる。厳格ゆえの勝利と感激、自主の喜び、どちらにも理はありそうだ。いずれにマルがつくか簡単にはわからない。若き諸君、どうか考え続けてください。

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都会のど真ん中の校庭。六本木ヒルズは、すぐそこ(撮影:松本かおり)


【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『人類のためだ。ラグビーエッセー選集』(鉄筆)、『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。
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