世界ラグビー紀行

Vol.1 アルゼンチン

ARGENTINA

 

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● 最新世界ランキング: 6位(2012年6月18日現在)
● 協会創立: 1899年
● アルゼンチン協会公式HP: www.uar.com.ar
● 愛称: Los Pumas ロス・プーマス
● ワールドカップ最高成績: 3位(2007年大会)
● セブンズ最高成績: ワールドシリーズ3位(2003−2004年シーズン)

 

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Country & Culture

 南米に位置し、世界8位の領土面積を擁する(日本の約7.4倍)。南半球なので季節は日本と反対。北端から南端まで約3,800キロメートルにわたり、中心部にはパンパと呼ばれる草原が広がる。樹木が生い茂り熱気の立ちのぼる灼熱のジャングルもあれば、夏を感じることのない氷の大地もある。ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産や自然遺産も多く、アルゼンチン最大級の自然美を誇り幅2.7キロにわたる馬蹄形の断崖から流れ落ちるイグアスの滝、先住民の文化を残すウマウアカ渓谷、そして幅5キロメートルにおよぶ美しく青いペリート・モレノ氷河、西半球の最高峰で標高6960メートルのアコンカグア山を抱くアンデス山脈など、絶景が人間を圧倒する。
 海も山も神秘的なこの国の首都ブエノスアイレスは、かつて銀が眠るといわれたラ・プラタ川沿いにある。その街並みはスタイリッシュな建造物で彩られ、この国はヨーロッパ文化によって栄えたことを実感させる。人口は約4000万人で、ヨーロッパ系が95%を占める。ある調査では国民の56%に先住民の血が流れているらしく、ガウチョ(カウボーイ)やインカ帝国の文化も国民の生活に影響を与えている。
 公用語はスペイン語。日本の外務省によると、在留邦人は約11,700人(2009年10月時点。ほかに日系人が約23,000人)だ。

 特産品は、畜産国だけあり革製品に人気がある。銀製品も豊富だが、主要輸出品目は小麦、トウモロコシ、牛肉、ワインなど農産物に加え、近年は天然ガスが有望視されている。
 食文化は肉料理が充実。焼き肉料理のアサードや、チョリソ(ソーセージ)、臓物を含んだ焼肉の盛り合わせであるパリジャータ、牛カツのミラネサ、パタゴニコ(パタゴニアの羊肉のアサード)が有名だ。また、イタリア移民の影響でパスタやピザも国民の胃袋を満たし、マテ茶やメンドーサ産赤ワインも、多くに愛されている
 そして、音楽大国としての一面も持っており、さまざまな文化が混ざって生まれたタンゴの素晴らしさは世界に知れ渡った。また、日本のバンドTHE BOOMが作った『島唄』をアルゼンチン人歌手が日本語カバーで歌ったところ大ヒットし、サッカーW杯日韓大会ではアルゼンチン代表応援歌として親しまれたことも心温まる歴史のひとコマだ。

 ちなみに世界初の長編アニメーション映画は1917年にアルゼンチンのキリーノ・クリスティアーニによって制作された『使途』だとも言われている。

 

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ミラネサ                        チョリソ

 

※ 撮影協力: 『SANCHO PANZA』 福岡市中央区大名

 

International Rugby

 1873年にイギリス移民によってラグビーがもたらされた。初の国際試合は1910年6月12日の英国連合チーム戦。南米では圧倒的な強さを誇り、歴史を紐解けば、1951年に首都ブエノスアイレスでアルゼンチン・チリ・ウルグアイ・ブラジルによる南アメリカ4カ国対抗戦が行われている。愛称のロス・プーマスはいまや世界中で知られているが、実はエンブレムに描かれている動物はジャガー。1965年に南アフリカ・ローデシアに遠征した際、地元メディアがピューマと誤解して報道したのがきっかけという説がある。長らく欧州5カ国と南半球3カ国の強豪には勝てなかったが、1968年に地元でウエールズを破り、歴史を動かした。
 ワールドカップには第1回大会から連続で出場し、1999年の第4回大会では初のベスト8入り。そして2007年には、開幕戦と3位決定戦で開催国フランスを破り、その衝撃は世界を駆け抜けた。アルゼンチンのW杯3位という偉業は母国に歓喜の渦をもたらしただけでなく、真のグローバルスポーツを目指すラグビー界にとっても大きな希望として輝いた。
 いまやアルゼンチンは強豪国としての地位を固めつつあり、南半球強豪3カ国(南ア、NZ、豪州)の連合組織「SANZAR」が統轄する『トライネーションズ』に、2012年から加わることが決定した。IRB(国際ラグビーボード)はアルゼンチンに対し、アカデミー創設と選手育成強化の構造を組織化するために、1年あたり100万英ポンド(約1億2000万円)の支援を4年間行う予定だ。またIRBは、欧州でプレーするアルゼンチン選手がきちんとクラブからリリースされて南半球の新設大会に参加できることを保証した。そして、短期に起こり得るどんな損失もカバーできるよう、IRBはSANZARに対し、4年以上で1000万米ドル(約8億円)を与えることに合意した。大会は『ザ・ラグビー・チャンピオンシップ』と名称を変え、2012年8月18日にキックオフを迎える。。
 過去のテストマッチで、ニュージーランド代表と南アフリカ代表、そしてブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズに対してのみ、勝星を挙げていない。日本とは5度対戦し、日本の1勝4敗。
 世界的スター選手も多く、1970年代に世界最高SOの1人と称されIRBラグビー殿堂入りも果たしたウーゴ・ポルタ、1999年W杯得点王のゴンサロ・ケサダ、2007年W杯の主将を務め、ラグビーのオリンピック競技入りに大使として貢献したアグスティン・ピチョット、2007年IRB年間優秀選手のファン・マルティン・エルナンデスとフェリペ・コンテポーミらがいる。

 

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Domestic Rugby

 国内では広く愛されており、特にブエノスアイレスの大都市圏で盛んだ。北西部のトゥクマン州には80以上のクラブチームがあり、その数はサッカーより多いともいわれる。ブエノスアイレス・リーグは1899年から始まった伝統ある大会で、CASI(クラブ・アトレティコ・サン・イシドロ)が33回の優勝を誇るが、近年はSIC(サン・イシドロ・クラブ)が2連覇中。1993年からスタートした全国クラブ選手権は、予選を勝ち抜いた16チームが激突し、覇権を争う。また、アルゼンチン協会に属する25のユニオンを代表して戦うアルゼンチン選手権は1945年に始まり、ブエノスアイレスが34回の優勝で断トツ。2012年はコルドバが制した。同大会は3部に分かれてリーグ戦とトーナメント戦を行い、自動入替を採用して活性化を図っている。
 国内でもプロ化の機運は高まっているが、まだまだ海外から吸収する点は多い。将来は南半球最強クラブ決定戦スーパーラグビーへの参加を期待するファンは多く、その布石として、南アフリカの国内選手権ヴォダコムカップ(南アの1軍半レベルの選手が出場)に、2010年からアルゼンチン選抜「パンパスXV」とナミビア選抜「ウェルウィッチアーズ」が加わった。そして2011年の同大会でアルゼンチン選抜が見事優勝を果たし、南米ラグビーファンのボルテージは上がっている。


Sevens Rugby

 セブンズではトップ8の常連。1999年からスタートしたIRBワールドシリーズでは、過去10度もカップ決勝進出を果たし、2004年と2009年のアメリカ大会で最高栄冠を獲得している。シリーズ総合の最高位は、2003−2004年シーズンの3位。昨季(2011−2012)はドバイ大会とロンドン大会で4位に食い込んだ。


Other Interests

 サッカー大国であり、W杯では優勝2回、オリンピック優勝2回。「伝説の5人抜き」や「神の手」などで世界中を熱狂させたディエゴ・マラドーナは、この国が生んだ最高のアスリートだと言われる。また、現在FCバルセロナでプレーするリオネル・メッシは、2009年にアルゼンチン人初のFIFA(国際サッカー連盟)年間最優秀選手に選出された。クラブチームの試合は代表戦以上に熱狂的となることも多く、潤沢の資金を誇るリバープレートと、マラドーナも在籍した名門ボカ・ジュニアーズの対戦『スーペルクラシコ』は世界も注目するダービーマッチだ。
 サッカー以外ではテニスの人気が高く、著名な選手に、その美貌と親しみやすい人柄で日本にもファンが多かったガブリエラ・サバティーニがいる。1990年に4大大会の一つ全米オープンで優勝、2006年には国際テニス殿堂入りを果たした。バスケットボールも世界的強豪国であり、2004年のアテネ・オリンピックでは金メダルを獲得した。ルーベン・ウォルコウスキーがアルゼンチン人初のNBAプレーヤーとなって以来、北米に挑戦する選手は増えている。
 スポーツ以外の分野では、ルイ・ルロワールが名高い。彼はラテンアメリカで初となるノーベル化学賞を受賞した。元女優で大統領夫人、「エビータ」という愛称で親しまれたエバ・ペロンはアルゼンチンの偶像的存在だった。1952年に亡くなったものの、彼女の波乱万丈の人生を題材にしたミュージカルは世界でロングラン上演され、歌手マドンナ主演による映画でも話題になった。そして世界中に強い影響力を持っていたのが、革命家チェ・ゲバラ。彼の生涯と思想は多くの若者や革命を目指す者たちに崇拝された。彼も少年時代からラグビーを愛好したひとりであり、ブエノスアイレス大学で医学を学んでいた頃、友人と『タックル』という雑誌を発行し、自身も編集を務めたという。

 

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Flight

東京から首都ブエノスアイレスまでの往復航空券は、時期によっては13万円台から見つかるかも。日本からアルゼンチンへの直行便はなく、一般的には北米のダラスやサンフランシスコ、アトランタなどを経由して行く。乗り継ぎ時間を入れると、日本からは約30時間で到着する。

 

(写真:BBM)

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